2007年05月13日

風林火山「呪いの笛」

風林火山「呪いの笛」


今回のタイトルはいまひとつピンと来ませんでした。

誰も呪ってなんかいないから!!

あ、頼重は呪っているかも。禰々さまもね。

前回、由布姫は晴信の側室となることを決断。

姫の突然の心変わりは何でだ?と勘助に聞く晴信。

勘助に女心などわかるはずもありませんが

「お屋形さまの歌に心をうたれた」

などと答える勘助。

な、わけねーだろっ!!と晴信。

「三条が姫に会いに行ったのであろう」

とお見通しの晴信。

しかしなんで婦人が姫に会いに行って、姫が心変わりするというのか??

会話の内容までわかってるのか?晴信??

ついでに勘助の姫への「並々ならぬ想い」もお見通し。

正室と側室の諍いにはどうしたら良いのかのう??などと勘助に言う晴信。←そういうことは小山田に聞けばいいと思う。確か滅ぼした家の夫人を正室か側室にしているはずだ。

勘助は、まぁ、「恐れながら~」などと言いながらも「側室一人にゴダゴダ抜かす正室など放っておけ」みたいなことを言います。
あ、言ってませんね。
似たようなものです。
無礼者め!!

だから「山本勘助」って好きになれないのだ。←注・原作。

その頃、三条夫人は

「このままでは私はお屋形さまに疎まれる」

と由布姫に心無い言葉をかけたことを悔いていた。

正室と側室。

わたしはもともと「側室」は好きではありません。
たぶんわたしが女だからです。

新田次郎氏にしろ、井上靖氏にしろ「諏訪御寮人」を贔屓にしたのは「男性」だからだと思います。

公家の娘だからお高くとまっている。だろう。
側室の産んだ子が家督を継いだ。から愛されてなかっただろう。

いままでの三条夫人像って、それだけのことで作られてきたものだそうですね。

正室と側室の諍いを避けるのは簡単です。

側室は持っても、愛さない。

考えたらわたしは「徳川家康」の側室たちって嫌いじゃないんですよ。
家康の正室・築山殿は早くに亡くなり、二人目の旭姫はまぁ、アレですが、家康の側室たちが寵を争った話をわたしはあまり知りません。
家康は側室の「しつけ」をちゃんとしてました。
側室一人に権力が集中しないように「二人産んだら遠ざける」という慎重さだ。

そいえば、何年か前の大河「利家とまつ」
まるで利家がほんの浮気心で侍女に手をつけたような描きかたをしていましたが、あれもね~。
前田利家は正室・まつに二男九女も産ませてますが、側室は「五人」いました。←これを知ったとき「ひっどい!利家!!わたしをだましてたのね!!」と思いました。

嫉妬で有名な細川忠興。
側室は何人か居たはずですが、存在感まるで無し。
正室・ガラシャ夫人に三男三女産ませてます。

え~昨年の大河の主人公は・・・省略します。

こんなことごちゃごちゃ書いてすみませんね。
「知ってるから、そんなこと」と思われる方、多数でしょう。

ま、原作が井上靖氏の「風林火山」ですから、正室の三条夫人より側室の諏訪御寮人が愛された、とドラマもなっていくのでしょうか?

「事実は違う」と最近は認識されだしてきているので大森氏はどうするんでしょうかね?

何が言いたいのか?というと

どうにもこうにも由布姫が・・・以下自粛。


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諏訪一党は由布姫が晴信の側室になることを「御温情」と受け取り歓迎ムード。

由布姫は叔父にもそう言われ、またもや不貞腐れモード。

そんな由布姫のところへまたもや御方さま登場です。

「お待ち下れ」な勘助。
姫を守れ、とお屋形さまに言われている、と勘助。

もともと勘助が嫌いなうえ、いまから自分がしようとしていることを「悪意」と捕らえている勘助にカチンむかっ(怒り)な三条夫人。

「私が姫に何をしようと言うのじゃ。申して見よ」

「失 せ よ」

「下 が れ」

「そなたは諏訪の家臣か?武田の家臣か?」


勘助には遠慮がありません。

なんて罵倒されるのが似合うのか!?山本勘助!!!

三条夫人は由布姫に笛を渡しました。←もしかしたらすっごい値打ちものかもしれません。

今日(5月14日)、大森氏著「風林火山」を立ち読みしたら、あの龍笛には「菊花紋」と「梨花紋」(三条家家紋)が入っている、と書いてありました。

「菊花紋」!!!ををを!!!


■転法輪三条家
笛と装束をもって朝廷につかえる七清華家のひとつ(当時の公家は平安時代の公家のたしなみを家ごと伝えるようになっていた。
例:冷泉家が和歌。土御門家が陰陽)。
最高官位は大臣。
三条夫人の父、三条公頼は最高官位左大臣。
信仰心あつく、仏法を説く家柄のため、転法輪家と呼ばれ、他の西三条家などと区別される。
←うろ覚え。

あ、わたし、一度記事を書きだすと、サインアウトするのが面倒で、ネットで検索とかしないのですべてうろ覚えです。
間違ってたら、教えてください。

三条夫人には「後奈良天皇の皇女」であり「三条家の養女」だという説があります。
それならば幼いころから「笛」に親しんでこなかったため不得手である、というのも考えられます。

こちらに記事にしております→「皇女・三条華子」


「お屋形さまをお頼み申します」

と頭を下げる三条夫人。

正室が頭を下げたんですよ!!

よく出来た正室じゃないですか!?
どこが不満やねん、晴信。

しかし、さらりと

「お屋形さまはあまり見目麗しいとは言えませぬ」

と言ってましたね。

やはり夫人もそう思っていたのか!!
初対面に思ったんだろうな。

帰り際には三条夫人の「頭を下げた」態度にやるせない思いでいっぱいだった萩乃に

「そなたは無礼じゃ!無礼もの!!」

と罵倒されていました。

それにもめげず、三条夫人の持参した笛に細工がしていないか調べる勘助。

無礼ですむかっ(怒り)むかっ(怒り)むかっ(怒り)

由布姫にも

「恥ずかしいとは思わぬのか!」

また罵倒されてます。

由布姫が側室として上がるにあたり晴信は正式な祝言も形をとり、諏訪領民に武田と諏訪の融合を知らしめました。

その夜。

由布姫に脇差を差し出す侍女・志摩。

姫も血の気が多ければ、侍女も血の気が多いようです。

「ご武運を」

ある意味、寝所は女の戦場・・・。

由布姫は一晩中笛を吹き続け、晴信をよせつけず、晴信はうっかり眠ってしまい・・・って

おい、これが「呪いの笛」か!?

そのことを

「あれは頼重殿の呪いではあるまいか?」

などと言う晴信に

「笛の音までは調べませなんだ」

と勘助。

源五郎なんぞ

「御方さまの呪いでは・・・」

などと言い出す始末。

源 五 郎・・・お前の呪いではないのか??とうっかり考えるわたし。

姫の笛の音を聞きつつ勘助は信濃へ旅立っていきました。
太吉には上州へ行くように指示してました。

いい加減笛に飽きてきた晴信。

もうやめよ、と姫を止めようとして短刀を突きつけられます。

当然姫は敵わず。

ここで晴信の長台詞です。

意味はわかりますが、メモは当然できません。

「自分は討たれてやるわけにはいかぬ」

「この笛をそなたに与え、そなたを受け入れた三条のためにも討たれぬわけにはいかぬ」

「そなたを助けた勘助のためにも討たれるわけにはいかぬ」

「そなたとわしは国と国」←いきなりスケールのでかい話をして姫の度肝を抜く作戦か!?

え~面倒だから以下略。

「ひとはひとりでは生きられぬ」

でシメです。

由布姫の勘助への誤解も解け、由布姫とちとばかし晴信へ心が揺らいだようです。

もういいです。中だるみ・・・。

季節はいきなり夏になってました。

小県・長窪城で大井氏に反旗のきざし。

たぶん、母・大井夫人の父が、タイガーによって出家するハメに陥ったあと、後釜にすえられた大井一族なんでしょうね。

家臣ズの中に矢崎父がいましたね。

評定は勘助が信濃へ行っているはずだから、それを待つってことで終り。

お屋形さまはますます「勘助、勘助」になっているなどと重臣ズ。

勘助どこさ?あんた一緒に行ってないの?教来石?

などなど。

板垣がいないと締まらんな。

ここでまたもやさわやかに小山田支配人がエロトークです。

「諏訪御寮人と睦み会うことができて~~」

飯富は

「夜毎、笛を吹かせるだけでは和子もできまい」

そういえば由布姫が側室になってから子どもが産まれるまではかなり年月が経っていたような・・・うろ覚えです。

しかし、その夜も笛の音は聞こえていましたが、その音色の違いに三条夫人だけは気がついていました。

三条夫人は「笛」が不得手ではないのでは?

いい加減ベッドシーン・・・じゃなくて寝所シーンには飽きてきました。

わたしの記事も長いだけでたるんでます。
いい加減、コンパクト文章をまとめる才能がほしいです。

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posted by くみ at 23:32
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