2006年10月29日

功名が辻「決戦へ」

功名が辻「決戦へ」

なぜ?なぜ、シャーン♪が福島正則なの??
せめて細川忠興にして欲しかった・・・。

千代から封を切らない書状が届き、それをそのまま家康に届ける一豊。
中には千代の「自害して果てまする」なんて手紙も入っていました。
家康さまもちょい感動。
この時一豊が動揺してましたね。そりゃするだろが!!

さて評定前夜には一豊の陣屋の前を忠興が通ったり、正則が愚痴を言いにきて暴れたり(←だから何故こいつがシャーン♪なのだ!?)、堀尾さんの息子がやってきたり。

堀尾息子の言うことには、堀尾父は「浜松城を家康に明け渡せ」というが、そこまでやる必要があるのか?と。

ま、ここ原作とちょい違いますが(うろ覚え)、私はこちらのほうが良かったと思います。

評定にて家康は、各々大阪に帰りたければ帰っていい、と言いますが、誰ひとり帰らず、まず昨夜愚痴っていたはずの福島、ついで細川旦那(コレは当然)が決意を述べます。

ここで一豊は隣の忠氏をせっついたのですが、忠氏、口が開けず、

一豊の一世一代の晴れ舞台、実はパクリ!!

「城も領地もすべて徳川さまに差し上げます」

が出ます。

城を預けるということは、絶対的な信頼がなければできないことです。
人質徴収などよりずっと効果があります。
勝利しなければ、帰る場所がありません。

これは一番最初に言い出さなければ効果がありません。

一豊が言い出し、東海道の各大名があとに続きました。
これは上方への道筋の確保と兵糧の確保ができたということです。
城を預けた各諸将は何がなんでも勝たなくてはならず、士気の高まりは東軍の比ではないと思います。

堀尾息子に考えをパクったことを謝る一豊。
忠氏の返答が実によかったです。
己が未熟だったと。
「戦は各々ですでにはじまっている」と。

あ~それにくらべて三成ヤバイかんじ。
人質徴収は失敗するし。

三成を最初から窮地に追い込んだのは、やっぱり玉さま!という感じがしますね。

東軍の大将は毛利輝元なんですが、その毛利が内部分裂。
結束力がすでに乱れてる。っつか結束力なんて最初からないのです。

毛利輝元って東軍の大将をつとめてながらも、結局生き残るワケで、そこには吉川広家のおかげなんですが。
そういや島津も残るな。

それにしても一豊!!
今日の演説は良かった!!
最近一豊に貫禄が出てきたのはこのためだったのか!?と思いました。

「わしはこの度、山内家の家運を開く~~~」

「わしは運がいい~~~」


しかし、いかんせん長すぎて書き取れませんでした・・・。

千代「殿はもう若くはないの」

確かに。
たぶんあのなかじゃ最年長の部類でしょう。
一豊も人生の終盤に、すべてをかけたのです。

大物ではない。しかしすでに小物でもなかった。By原作。

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今回はあまりにもまっとうなドラマすぎて、突っ込みができませんね。





posted by くみ at 23:14
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