2006年09月18日

功名が辻「太閤対関白」

功名が辻「太閤対関白」

あまりの「重さ」に記憶がすっ飛びました。
一日おいたら、余計忘れました。
大変混乱しております。
突っ込みどころがありません。

誤解と悪意の二重奏です。

「お拾」が生まれ、秀次の立場が危うくなりました。
豊臣家、揺らいでおります。
家督争いとは恐ろしいものです。

千代が育てた「拾」も、新右衛門が言うように、いづれ家督争いの種になるわけです。
これは来週の話ですが、このときとった山内家の処置は非常に正しいと思います。

秀次の側近どもは「若く」、秀吉の恐ろしさを知らない世代です。
このとき、前野将右衛門長康が息子・景定に言ったとおりにしていれば、秀次はそれなりの大名として、身を滅ぼすことはなかったでしょう。

また、秀次にも甘えがあったと思います。
武功で身を立てていない、いわば「坊ちゃん」なワケです。
太平の世なら、これで関白は十分務まります。

が。


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茶々が産んでなければな!!

秀吉のことを悪く言う人間はバッサバッサと処分されていくのですが、どう考えても一番悪口言っているのは茶々さまです。
「触られたくない」男の子どもを産んだ、茶々さまは「見事」というしかないですね。
ブラック・茶々さまに、お付のブラック・大蔵卿局。
おっそろシイ主従です。

さてさて、頭をつき合わせて相談する「宿老ズ」。
さすが、一氏が冴えてます。
ま、腹黒いとも言いますが。
これくらいでないと大名は務まらない。

それにしても「無知」というのは恐ろしい。
秀次くんの側近たち。

すいません。不破伴作には、ちょっと文句つけたいです。
当時、日本一の美少年だったはず・・・・。


あ、そういえば関白があちらこちらの大名に金を工面してやっている、というエピソードがありましたね。
「唐攻め」で懐がすっからかんの大名達に金を貸してやったのですが、これも大名達を味方につけるため、と思われてしまうのですが。

あのお玉さまの細川家。
かなり借りていたらしく、借金返済のため家康に泣きついてます。
家康は自分のヘソクリを出してあげたのです。
家康、細川家、ゲットです。


秀次は秀吉に、あからさまに邪険にされるようになります。
まともに会話が成り立っていないような・・・。

さがれ!!

帰れ!!

さすがに秀次、グレはじめました。
朝から酒飲んでいるぐらいですが。
これも、それも尾ひれがついて秀吉の耳に届いているんですな。
ここらへんが「殺生関白」の由来。

側室・お宮の前が出てましたね。
秀次の正妻は池田氏のハズですが、この頃はどうなっていたのかわかりません。
側室・一の御台が側室筆頭です。
一の御台は出戻りの菊亭晴季(右大臣?)の娘。
その一の御台の連れ子が、お宮の前です。
母と娘を同時に側室・・・。
ちなみにもう一組、右衛門の後殿とその娘、お松の前も。
さすがにマズイような。
織田の姫を三人(淀殿・三の丸殿・姫路殿)側室にした秀吉といい勝負です。


諌めに出た一豊のセリフ、印象的でした

「人はいかなる立場になろうとも、己の生き方ができまする」

しかし、その言葉もすでに間に合わないところまで来てしまいました。

北政所・寧々さまが千代に「手を出すな」といったように、こじれてしまったものは、すでに寧々さまでもどうすることもできなかったのでしょう。

朝廷への献金は、太閤へのとりなしを願うものだったはずですが。

そういえば三成は一豊くんにはわりと好意的なような気がします。
尾ひれつけたのも大蔵卿局らしいし。

秀次側近ズは連判状など持ち出してしまう始末。

「連判状」なるものほど厄介なものはありません。
例・松平忠輝、とか。
証拠、だからです。アホウ。


連判状、ロンブー淳の手から秀吉へ。
前野父も捕らえられました。

一豊、秀次を連れて来い!!

山内家、最大の危機!!

長いものには巻かれとけ。by六平太。


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ああ、ゴールデンタイムで「アレ」放映するんでしょうか??






posted by くみ at 19:49
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