2006年09月15日

あの頃の私は、君たちとずっと一緒にいられると思っていたんだ。~La’cryma christi~

いきなり飛び込んできましたよ。

ラクリマ・クリスティー解散!?

私は、もうラクリマ・クリスティーのFCを脱会してしまっており、最近ライヴにもとんとご無沙汰だったのですがショックでした。

La’cryma christi、2007年1月で解散。→こちら。

只今、公式HPは混雑していて見ることができません。

ヴォーカル・TAKA(リーダー)のブログはこちらです。→こちら。

ああ、なんかもう

“さらば、青春の1Pよ。”

“いま、万感の想いをこめて汽笛が鳴る”


ってなかんじです。

ああ、解散か・・・・。

今年は4月にPIERROTの解散を知り、かなりショックだったのですが、La’cryma christiの解散は・・・ちょっと想像も出来なかったですよ。



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ラクリマ、すまん、こんなときにもアニメネタ出して・・・。


私がLa’cryma christiを知ったのは1996年。
彼らがメジャーデビューする直前でした(デビューは1997年)。
最初は“なんか、気になる”バンドだったのですが、ファーストアルバムが発売されたとき、ためしのつもりで買って、ものすごい衝撃を受けました。
はっきりいって、それまでバンド系の音楽を敬遠していたのですが(理由無く)。
スピーカーの左右からツインギターの音が別々に聞こえたとき、そのあまりのギターの音とリフの違いにびっくりしたのです(専門用語はわかりません)。
あと、なんといってもメロディーラインが美しかった。

曲がね、キラキラしていたんです!!マジ!!!

そのファーストアルバムを毎日、毎日聞いて、“ああ、こりやライヴ行くしかないな”と思い、行ったライヴが忘れもしない

1998年1月7日名古屋市民会館中ホール
Tour「NIGHT FLIGHT」


です。

それからというもの、一回のツアーにつき、初日、近場、最終日は必ず行く!!という気合の入りようで、かなりな数のライヴに行きました。

広いところで「横浜アリーナ」、狭いところで「名古屋ボトムライン」まで。
東は「栃木県総合文化センター」、西は「大阪厚生年金会館」まで。
今、ライヴ会場に迷わず行けるようになったのは彼らのおかげです。

当時私は、平日に休みをとっていたのですが(店員だったからね)、父母ったら休みの前日には必ず聞いてきたものでした。

母「明日、どこか行くの?」
私「うん、出かけるよ」←美容院。
父「くみ!明日、東京かっ!!」
私「・・・・・違うよ。」(出かけるで、東京が出てくるのかよ・・・)

懐かしいやね・・・・。

“フライデー事件”で錯乱したのも懐かしい思い出です。
あの時、何人に迷惑かけたかな~?今思うと笑える、己の姿。
迷惑かけた人たちには申し訳ない。

彼らの音楽性と、私の好きな音楽が限りなく平行であるかぎり、ずっとずっと彼らと一緒だと思っていました。

そんな私が、彼らに???となりはじめたのが、アルバム「DEEP SPACE SYNDICATE」。
このアルバムは、それまでより更に重い音、ハードロックを意識してつくられたもの、ということだったのだが・・・。
何が悪い、ということでもないのですが、どこか「違和感」を感じました。
ハードロックをやりたいのはわかる。
でも、「ハードだけ」やる、というのは違うぞ、と。
あくまでも個人的意見ですが。

その「違和感」大当たり。

2005年3月でギターKOJI脱退。

ファンのカンってオソロシイ。

このときもかなり錯乱。
母に説教くらいました。

母「KOJIくんが自分で決めたことだから仕方ないでしょむかっ(怒り)

知らない間にメンバーの名前を覚えていたか母(笑)。
ラルクとラクリマをよく間違えましたが。

このとき彼がバンドに「違和感」を感じていたことを知り、私も知らず知らずのうちに彼らと大きく、離れてしまったなぁ~と思ったのでした。

離れていたことに気がついていたくせに、目をそむけていたのかな?

まぁ、そんなんで私もそれ以降のラクリマのライヴには行ってないのです。

自然と足が遠のいた。

バンドというのは不思議なもので、ひとり抜けると、その数年後に解散することが多いのです。

KOJIが抜けてもLa’cryma christiで活動すると決めた彼ら。

絶対、この先、解散はしないと言った彼ら。
私は「絶対」も「永遠」も信じていないけれど、なんとなく、彼らはこのままずっと活動していくんだと思っていました。

しかし、La’cryma christiもそうなったのか・・・・と複雑です。


1998年8月28日、Tour“未来航路”東京国際フォーラムA

「終りのない悲劇でも、かまわないよ~君といれれば~」

あのときの“未来航路”を思い出します。

私は、あの時、本当に、君たちとずっと一緒にいられると思っていたよ。

ヴォーカルのTAKA(リーダー)は言った。

「自分達の未来は永遠の上り坂」だと。


これからも君たちの未来は永遠の上り坂。
道は別々になってしまっても。


脱退したKOJIはすでに新しいバンドを結成し動き始めています。→こちら。

TAKA、HIRO、SHUSE、LEVIN!!!

KOJIに遅れをとるな!!!



お疲れ様なんて言わないぜ!!!


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↑名盤です。ファーストアルバムにして、恐るべき完成作!!



↑セカンドアルバム。恐ろしく短期間でつくられたバケモノアルバム。



↑サードアルバム。曲の配置が神技的(笑)。



↑ポップと見せかけ、裏でとんでもないバンドアレンジ。絶妙。
posted by くみ at 19:30
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