2006年06月19日

功名が辻「蝶の夢」

さてさて、昨夜の功名が辻「蝶の夢」

本能寺で費用を使いすぎたのかっ!?N○K!!!

せめて、山崎の合戦場面は入れて欲しかったです。
人馬入り乱れるところを!!
実際、あっという間に決着はついたらしいですけどね。

このとき、すでに明智光秀には謀反人の烙印が押され、かたや秀吉には
「主君の敵を討つ」
という大義名分があった。

「明智光秀は土民に討たれた」説は有力であり、山内一豊が首級をあげたなんて史実はどこにもないので、ああいう絡ませかたしかできなかったんでしょう。

「そなたは生き延びよ。生きて乱世の末を見届けられよ」

これ、「功名が辻」のテーマであると思います。
光秀さんに合掌。

ついでに、明智一族の最期も入れて欲しかったです。
坂本城が焼け落ちるシーンぐらいは。
謀反人の烙印を押されようと、武士の意地を貫いた一族の最期ぐらい入れてくれよ。

さてさて細川家に嫁いだお玉様。


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味土野山中に幽閉されます。
3年ぐらい・・・(記憶が、資料が・・・)。

マイ戦国時代参考書「徳川家康」著:山岡壮八によりますと、お玉さまの名前は「愛称」。幼名は「桔梗」となっておりました。
「桔梗」の才気と美貌を知った信長サマが
「これ、ハゲ(光秀)、そちには過ぎた娘じゃ。これからは桔梗をそちの旗印にせい」とおっしゃったとか。
「玉」というのは、「玉のように美しい」からの愛称だとか。

細川忠興はまだ13,4から戦場に出て手柄を立てていた勇猛果敢な武将であったといいます。
また茶道に通じた趣味人です。←N○Kではそう見えないけど。
その忠興が異常な執着で愛したのがお玉様こと「ガラシャ夫人」です。
この二人の婚姻は信長の命によるものでした。
が、父同士は友人であり、戦略的な意味もありましたが、まずは祝福された出発でした。
ラブラブな新婚時代を経て、子どもを授かり、そのとたんに妻は「謀反人の娘」となったのです。
3年離れた間に夫婦の間には、大きな隔たりが出来てしまったのでしょう。
しかし、夫婦仲が悪くなったわけでもなく・・・だってお玉様、多産だもの。
複雑ですな。
乱世でござりますれば。By金八・・じゃなくて吉兵衛。

私、ハセキョーは意外とハマると思いましたよ。

それ以上にハマったのが、どこぞの組織のボスか?な黒い秀吉と、その妻こと姐さんな寧々様。

秀吉が三法師をてなづけたのは本当らしいです。
あの夫婦なら、これくらい、やるでしょう。
そこに千代を使ってもおかしくありませんね。
そしてそれを知らない一豊。

一豊くんはそれでいいです。そのままの君でいて。

お市様は自分からキャシー柴田勝家に嫁ぐ決心をします。

「猿に天下は渡しませぬ」

このお市様だったら、自分で動いてもおかしくないですね。

で、なんですか?
来週は?

「吉兵衛の恋」

ラブコメハートたち(複数ハート)ですか???


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やっぱメモとらないとキツイわ。







posted by くみ at 20:42
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