2011年06月27日

“ガラシャ”

宮木あや子「ガラシャ」です。

この作品、小説新潮に連載されていたときから、気になっていたのです。

「花宵道中」で「女による女のためのR−18文学賞」の大賞と読者賞を同時受賞し、デビューした宮木あや子。

宮木あや子作品のテーマは一貫して「閉塞された世界での恋」かと思います。

なので、細川ガラシャは宮木あや子作品にぴったしではないか!とわくわくしておりました。

「逆臣の娘」「味土野での幽閉生活」「忠興の執着」「宗教の弾圧」

この閉塞っぷり!うひょー!萌える!!

という、萌え重視で読んだ作品なので、多少の歴史的矛盾は気にしない。

気にしないというか、気にならない。

歴史的矛盾が気にならないっていうことは、著者が優れた筆力を持っているからです。

大事なのは、読者に

「そういうこともあるかもね〜」

と、思わせてしまうことです。

わたしのような、日本史を専門に学んだことの無いド素人でさえ「無い無い無い」と思ってしまう、今年の大河とかおととしの大河とかは、

三角コーナーにポイッですわwww

しかしながら、宮木あや子作品はあくまでも「恋」がテーマですので、歴史上の人物の生き様を真面目に読みたい方にはオススメしません。

ガラシャ
ガラシャ
posted with amazlet at 11.01.27
宮木 あや子
新潮社
売り上げランキング: 31307


恋を知らぬまま細川忠興に嫁いだ玉子。

男たちが戦いを重ねる間、玉子はただ年を重ね、二人の子の母となった。

忠興の自分への執着は恋なのか?

自分が抱く忠興への愛しさは恋なのか?

わからぬままに、やがて運命の日は訪れ、玉子は山深い未開の地へと幽閉された。

そこで、玉子は胸が潰れるほどの思いをする。


結ばれることのない恋。

ならば、何故出会わせた?


玉子、玉子に仕える侍女・清原マリア、父・明智光秀、夫・細川忠興、舅・細川幽斎、義弟・細川興元、そしてもうひとり・・・。

男女七人の恋は、決して叶うことはない。


「恋愛小説」です。

なので、「とんでも設定」があります。

でも、感情の揺れとしては、あるかもしれないのよ。

だって、誰も知らないことなんだから。

細川ガラシャは幽閉された味土野でどんな生活を送っていたのだろう?と考えたことがありました。

某大河で、侍女と二人きりの生活描写とかありましたが、それはありえないし。

奥深い山の中と言っても、ひとは住んでいただろうし。

そういう細かい描写がこの作品にはあるので、「とんでも設定」が受け入れられるのです。

さて、細川ガラシャという女性は、玲瓏玉の如き美女で、そのうえ聡明というのが通説です。

で、歴史的資料によりますと、大変気位が高く、激しやすかったらしい。

彼女が穏やかで包容力のある女性になったのは、改宗後ということです。

この作品のガラシャは、とても自己中心的に感じます。

美人で聡明なんですから、自己中心的で許されるのですぴかぴか(新しい)

さて、この時代の女性といえば、相手の顔も知らず嫁ぐのは当たり前です。

なんか、今年の大河なんて、戦国時代なのに想う相手と結ばれる恋愛至上主義とかアホか?と思います。

顔も知らない相手に嫁ぎ、その相手に妻として尽くし、大きなものを築きあげた女性が大勢いる時代なんですよ。

その女性たちに、まったく敬意を払っていない、今年の大河「江」はダサクです。


ガラシャこと玉さんだって同じことで、旦那に恋していたかというと違う。

しかし、一緒に暮らし、子まで生せば、それなりに思慕の情というのは湧いてくるもの。

しかも旦那は自分にぞっこんなんですから。

彼女が恋を知らずに結婚したからって、当時の価値観からすれば、不幸じゃない。

不幸なのは、彼女の父・光秀が主殺しという大罪を犯したからですよ。

その時、彼女は悲哀よりも混乱のなかにいたはずです。

アイデンティティーの崩壊です。

そのまま、幽閉生活へと。

混乱から絶望へ。

その生活の末、彼女に「決定的な出来事」が起きた、とすると?

それが「恋」だったとすると?

「恋」から「信仰」へのシフトチェンジも、なかなか納得できるように描かれています。

味土野から細川家に戻った玉と、彼女と離れているのが耐えがたかった忠興との間の亀裂が、さらなる絶望を生みます。

「植木職人を斬った」「侍女の鼻を削いだ」などと、残酷な逸話の残る忠興ですからね。

この夫婦、ベクトル違いで似たもの夫婦だったんですな。

つくづく思いますわ。

二人とも激しすぎる。

芸術に造形深く、利休七哲にも数えられる趣味人でありながら、戦場においては勇猛果敢と名高い細川忠興。

その忠興が異様なまでの執着で愛した、明智光秀の娘。

夫をどこか冷ややかに見つめ、当てつけるように信仰に入り込んでいく玉。

その玉を見守る男。

その男を想う女。

この小説は数人の男女が抱え込む感情を読むものであって、深い設定とか突っ込んじゃだめです。

でも、今年の大河よりはずっとしっかりした歴史背景を持ってますよ。

Amazon.co.jpガラシャ

楽天ブックスガラシャ



参加中です↓。いろいろと励ましのクリックよろしくお願いします。
人気blogランキングへ
タグ: 戦国時代
posted by くみ at 22:39| 静岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 読書(宮木あや子) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

“太陽の庭”

宮木あや子「太陽の庭」です。

2006年に「花宵道中」で第5回「女による女のためのR-18文学賞」大賞と読者賞を同時受賞し、デビューした宮木あや子。

一貫して描き続けている世界は「閉塞された世界」かと思います。

実はですね〜、わたし、このひとが小説新潮1月号〜7月号に連載していた作品が気になってましてね〜。

早く、出版されないかな〜。

さて、この「太陽の庭」は、先に発表された「雨の塔」と対になったような作品です。

同設定が使われていますし、同じ「家」も出てきます。

「雨の塔」の謎の岬の学校の正体も、もれなくわかります。

「大人のための少女小説」というところも同じです。

しかし、「現代の宮中小説」はね・・・、

宮中小説よりも

かっ飛ばしてましたよ

太陽の庭
太陽の庭
posted with amazlet at 10.08.15
宮木 あや子
集英社
売り上げランキング: 195882
おすすめ度の平均: 4.0
4 少女マンガのキャラ達が3次元に?


わたしたちの父は「神」でした


永代由継。

彼は財政界から「神」と敬われる男である。

「永代院」とは彼のことであり、また、彼が住む広大な屋敷のことでもある。

「永代院」には、彼とその妻たち、子どもたち、それぞれの召使に料理人、運転手、医師と、常時数百人が暮らしている。

しかし「永代院」には住所がない。

日本地図には載っていない。

「永代院」のなかでは、多くの妻と子どもたちが、寵愛と跡目をめぐる争いを繰り広げている。


んな、あほな!!??

っていう設定ですよね。

わたしは、財政界のドンが多くの妻妾を一緒に住まわせているだけ、だと思って読んだんです。

古いお家柄などでは、公認のお妾さんもいらっしゃるということですしね。

ちょっと、予想もつかない方向に行きましたわ。

うーん・・・。

これは、もしかして「SF」???

でも、著者もあまり深いこと考えてないようにも思えますな。

ツッコミどころをそのまんまにしているあたり。

やはり、この作品も「雰囲気」を楽しむ作品なんでしょう。

オチを求めてはいけないような気がします。

大人の女性のための「少女小説」なのですから。

著者は、「日本のなかの戸籍の無い人たち」を書きたかったそうですが、日本で戸籍の無い人たちというと、千代田区に御住まいの方々が頭に浮かびます。

「永代院」は千代田区の方々とは、まったく関係ないんですけどね。

ふむ。

この本を読んでいる真っ最中に「戸籍はあっても存在しない人々」が判明した日本。

もしかしたら、もしかしたら、「戸籍はなくても存在する人々」っているのかもしれません。

うーん・・・。

Amazon.co.jp太陽の庭

楽天ブックス太陽の庭

参加中です↓。いろいろと励ましのクリックよろしくお願いします。
人気blogランキングへ

タグ:
posted by くみ at 22:05| 静岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 読書(宮木あや子) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

“雨の塔”

宮木あや子「雨の塔」です。

「花宵道中」でデビューした大型新人・宮木あや子氏は「閉塞」の中での「恋」を描き続けています。

この「雨の塔」は古の少女小説のような、「女子校」が舞台です。

吉屋信子大先生の流れを汲んでいる、と申しましょうか。

あ、わたし、吉屋信子センセイ大好きです(ってこのブログで言い続けております)。

雨の塔
雨の塔
posted with amazlet at 10.03.22
宮木 あや子
集英社
売り上げランキング: 121078
おすすめ度の平均: 4.0
4 「女学生小説」の系譜における、優れて同時代的な作品。
5 悲しくて綺麗☆
5 最高です
4 宮木さんワールド!!
5 よい耽美さ


資産家の娘だけが入学できる全寮制の「岬の学校」

衣服も食べ物もなんでも手に入る。

授業を出る出ないも個人の勝手。

ただ、「自由」と「情報」はない。

それぞれの理由で、この学校に入った4人の少女たち。

海に近い塔のような寮の中で、少女たちの感情が交差する。


「資産家の少女たちしか入学できない全寮制の学校」という設定に釣られました。

まぁ!ステキ!!と思いページをめくったら、

あっれーーーっ!!??

と。

大正・昭和初期浪漫を思い浮かべてたら、「現代物」でした。

この設定は現代日本じゃ無理があるだろー、と思いつつも、わたしは楽しく読みました。

「学校」のために「街」がつくられていて、少女たち(大学生)は、学生証だけで買い物ができるって・・・。

なんというか・・・向上心のない人間にはワンダーランドかも。

ただし、新聞は読めないし、TVもないし、ネットも使えません。

一つの寮で、登場人物が4人だけって、ま、それだけで無理があるんですが。

小津と矢咲。

三島と都岡。

同室の少女とのみの交流でバランスがとれていた彼女たちの心は、別室の少女との交流をもつことで、その均衡を崩すことになる。

矢咲と三島。

都岡と小津。

他人の境界にうっかり踏み込んでしまい、相手も自分も傷つくということは、誰にでもあること。

人は誰も、そういうことで苦しむことがあると思うのです。

それを癒すのは、新しい人間との交流だったり、趣味に没頭だったり、スポーツに没頭だったりするのかな?

しかし、他に人間もいず、没頭することに意味を見出せない世界に置いては、傷は深くなるばかり。

狭すぎる彼女たちの世界で、どこまでも静かに彼女たちは絶望する。

激しい感情のぶつかり合いや、言い争いはない。

いっそキレて見ればいいのに、残念ながら彼女たちはそう出来るように育てられていない。

息苦しい、けれど美しい、そんな作品です。

この作品、実は明確なオチというものが存在しないのです。

なので、どこまでも「世界観」を楽しむが勝ち。

Amazon.co.jp雨の塔

参加中です↓。いろいろと励ましのクリックよろしくお願いします。
人気blogランキングへ
タグ:
posted by くみ at 20:21| 静岡 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 読書(宮木あや子) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月28日

“花宵道中”

宮木あや子「花宵道中」です。

著者・宮木あや子氏は短編「花宵道中」で「女による女のためのR−18文学賞」の大賞と読者賞を同時受賞しました。

この本「花宵道中」は、その短編「花宵道中」に、同設定の短編を加え短編連作として成り立っています。

「女による女のためのR−18文学賞」とは→こちら。

確かにね〜、男性作家の小説における官能描写には

「はぁあ〜????〜〜〜」

と思うことが、たまーにあります。

どうしても必要なシーンならともかく、ストーリー上、必要のないところにそういう描写があると、幻滅します。

プロの作家さんの作品にしろ、アマの同人作家さんの作品にしろ、官能描写には、読者、誰もが・・・いや、わたしのまわりの人間(腐仲間)だけかもしれないけど、

「譲れないものがある」

ようでして・・・・・・。

「○○○○(超大御所・男性)、アレ、アホだろ!?」←暴言。

「○○○○(売れっ子作家センセ・男性)、夢見過ぎ!!」

「○○○○(実力派BL作家さん・女性)さんは文学だよな!!」

「○○○○(BL作家さん)って、アクロバットだよな・・・」←なんじゃそりゃ。

などと語り合ったりすることもあるのですが(スンマセン・・・)。

ま、女はストーリーと関係ないところで、サービスシーンのように入る官能描写はあまり好きではないんだと思います。

この「花宵道中」は、女性の方にはもちろん、男性の方にもオススメです。

可能描写がどうとかではなく、江戸の風俗ものが好きな方には、読み応えがあるんじゃないかな、と思います。

花宵道中
花宵道中
posted with amazlet at 09.12.27
宮木 あや子
新潮社
売り上げランキング: 12187
おすすめ度の平均: 4.5
1 引き込まれない
5 読んで損なし!時代劇好きにはオススメ。
5 実力の持ち主
5 半次郎が文句なしにカッコイイ!
5 花宵道中


花宵道中 (新潮文庫)
花宵道中 (新潮文庫)
posted with amazlet at 09.12.27
宮木 あや子
新潮社
売り上げランキング: 43358


吉原・山田屋は半籬の小見世。

大名のような客はこないけれど、そのかわり身元怪しい客もこない。

良く言えば馴染みやすい、悪く言えば貧乏くさくて中途半端。

大層な位を持つ遊女はおらず、そのかわり不見転の遊女もいない。

特別器量がよいわけではないが、芸事が巧みで、とある身体的特徴のため、そこそこの人気を持つ女郎・朝霧。

間夫を囲って借金を重ねることもなく、淡々と客を取り、年季明けはほかの遊女よりも早い。

年季明けには、引き取ってくれる客も決まり、廓暮らしはあと一年と少し、

の筈だった。

その男と会うまでは・・・。


江戸後期、天保の頃の吉原です。

この頃の吉原にはすでに「大夫」という位はなく、廓での厳格なしきたりも崩れかけていました。

花魁言葉もすたれ、花魁道中は幕府の規制で一日一人しかできなくなっています。

半籬というのは、籬(格子)が半分しかない、ということです。

大籬(総籬)が、天井まで籬がある大見世(大店)です。

半籬でしたら、通常は中見世ということになりますが、この作品の舞台・山田屋は、中見世としての体面を保つことができず、小見世まで落ちてしまった店です。

山田屋の女郎の最高格は「座敷持ち」です。

「座敷持ち」とは、自分の寝起きする部屋のほかに、客を取る部屋を別に持っている女郎のことを指します。

花魁とは、花魁道中ができる「呼出し」「昼三」の位の女郎のことだそうです。

なので、山田屋の女郎は、めちゃくちゃ高いわけではないが、めちゃくちゃ安いわけでもない微妙な立場の女郎です。

ありがとう、「花の大江戸風俗案内」←この本、便利です。


表題作「花宵道中」の主人公・朝霧は、吉原で生まれ吉原で育ちました。

他の場所を知りません。

気位の高い姉女郎に育てられ、同じように気位が高く、吉原の世界を知り抜いているため、男に溺れるようなことはありませんでした。

例え、男と恋に落ちたとしても、上手く隠しとおせるような、そんな賢さを朝霧は持っていました。

あの時、あの男、阿部屋半次郎と出会わなければ、朝霧は女郎としては恵まれた年季明けを迎えることが出来たはずなのです。

そして、後に判明する、あの時の客、吉田屋藤衛門と半次郎の関係が、あんなものでなければ。

因縁がめぐり、あのような最後になるという伏線が、続く短編で見事に描かれています。

朝霧の妹女郎・八津が面倒を見た茜の初見世を描く「薄羽蜻蛉」

朝霧の姉女郎だった霧里と、霧里の弟・東雲、そして姉弟の父・芳之助の確執と、悲惨な巡り合せを描く「青花牡丹」

死なない、惚れないと決意した、朝霧の妹女郎・八津に訪れる恋の衝動を描いた「十六夜時雨」

山田屋の看板女郎・桂山の下についた、山田屋の将来を担う女郎・緑の秘めた想いを描いた「雪紐観音」

どこかで人物は繋がっていて、しかも名前を変えて登場することもあります。

吉原に売られた少女は、まず、下働きか禿(かむろ)になるか分けられ、器量により、女郎のもとにつけられます。

禿を引き受けた女郎は、少女の新造出し、初見世までのすべての教育と費用を受け持ちます。

だから、付けられた姉女郎によって、将来は決まったようなもので、しかも芸事や作法や、おまけに気性まで受け継ぎます。

そういう吉原のしきたりの踏まえたうえでの、伏線の張り方や設定が見事。

大見世のように格式ばっていない、どこか雑然とした小見世・山田屋は、悲しいだけじゃない、生命力の強さを秘めて描かれています。

個人的には

「あたしは此処で生きていく」


と、惚れた男に告げた八津が印象的。

Amazon.co.jp花宵道中花宵道中 (新潮文庫)

参加中です↓。いろいろと励ましのクリックよろしくお願いします。
人気blogランキングへ

図書館に行く途中、「ねこさまスポット」の前を通ったら大漁でした。

12月25日撮影↓。


200912251543000.jpg
タグ:
posted by くみ at 20:58| 静岡 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 読書(宮木あや子) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

“白蝶花”

宮木あや子氏の「白蝶花」です。

「花宵道中」で第五回「R−18文学賞」大賞を受賞した宮木あや子氏が描く、純愛官能ロマンです。

舞台は戦前・戦中・戦後です。

白蝶花(はくちょうばな)
宮木 あや子
新潮社
売り上げランキング: 97484


昭和十九年。

酒田の女学校を卒業した千恵子は、福岡県知事の屋敷に奉公するために博多へ渡った。

雑誌の小説のなかでしか知らなかった、華やかな世界が博多にはあった。

屋敷の美しい令嬢・和江との友情。

書生の政吉との初めての恋。

やがて政吉に召集令状が届く。


もう一度抱いて。ずっと忘れられないように。


有馬の芸者置屋に売られた姉妹・菊代と雛代をヒロインにした「天人菊」

借金のため、父より年上の男の妾とされた泉美をヒロインにした「凌霄葛」(のうぜんかずら)

女中奉公の娘・千恵子と屋敷の令嬢・和江を描いた「乙女椿」

戦後の和江を描いた「雪割草」

4編の連作短編で構成されています。

「天人菊」と「凌霄葛」は、つながりがない話だと思っていたのですが、「乙女椿」でつながり、伏線だったと気がつきました。

共通するのは、閉塞感確執です。

芸者の菊代と雛代は、姉妹としては姉の菊代が力関係では上。

しかし、芸事に関しては雛代のほうが上。

そこに男が絡むので、その確執はなかなかです。

父の借金のかたに、財閥の主の妾となった泉美は、その立場ゆえ、外界とのつながりを一切失ってしまいます。

女中奉公の娘・千恵子は、屋敷の令嬢・和江と友情らしきものを育みますが、千恵子が書生の政吉と恋に落ちたため、千恵子と和江の間にはどうしようもない隔たりができてしまいます。

戦後、階級社会の女の生き方から外れてしまった和江は、心無い噂に悩まされます。

「女」って、女であるだけで理不尽な目に会うものだよな〜などと、ときどきわたしは思ってしまいます。

女の特権〜♪ってのもあると思うんですけど、マイナス面ばかりが目につくものなのです。

婦人病を抱えているので、よけいそう思うんだと思います。

物質的には恵まれた時代に生きているわけですが。

戦前・戦中・戦後ならなおさらのことです。

女衒に売られたり、妾にされたり、自分でどうしようもできない運命を背負わされてしまったり。

そんな時代に自分の愛を貫き通し、生き抜いた女性たち。

「子を産む性」であることを厭うことが多いわたしですが、「子を産む性」である女はやはり強いです。

ものすごくしたたかです。

そんな女性たちを誇らしく思ったり。

それとですね〜、わたし昔の「少女小説」系(吉屋信子・中原淳一・少女の友、など)がものすごく好きなので、令嬢・和江と女中・千恵子の友情らしきものには、ドキドキしたです。

洗練された博多に出てきて、百貨店やカフェにときめく千恵子の気持ちはよっくわかりました。

中原淳一の描く少女のような容貌を持った令嬢・和江に見とれる千恵子の気持ちもね。

愛する男への気持ちを貫く、メインヒロインの千恵子。

彼女は男への思いと、和江への友情の二つを同時に貫きます。

和江が千恵子に出した手紙、

私の最愛のおともだち。


の部分は、ちょっと泣きそうになりました。

官能描写が、ちょっと唐突な印象を受けますが、この時代の雰囲気・浪漫が好きと言う方にはオススメです。

Amazon.co.jp白蝶花(はくちょうばな)

参加中です↓。いろいろと励ましのクリックよろしくお願いします。
人気blogランキングへ
タグ:
posted by くみ at 19:45| 静岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書(宮木あや子) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

“泥(こひ)ぞつもりて”

宮木あや子「泥(こひ)ぞつもりて」です。

「花宵道中」で第5回「女のためによる女のR−18文学大賞」大賞と読者賞を同時受賞、デビューした宮木あや子氏が描く、平安王朝絵巻です。

平安王朝を舞台にした小説というと、紫式部や清少納言を生んだ一条天皇の時代や、帝の力と、朝廷の力が充実していた村上天皇の時代が、舞台になることが多いような気がしていたんですよ。

多いような気はしたんですがが、パっと思いつくのは「陰陽師」夢枕獏著(村上帝の時代)くらい・・・。

この「泥(こひ)ぞつもりて」のタイトルは

百人一首十三番・陽成院

〜つくばねの みねよりおつる みなのがわ

こひぞつもりて ふちとなりぬる〜


から。

清和〜陽成〜(光孝)〜宇多天皇の時代が舞台です。

泥(こひ)ぞつもりて
泥(こひ)ぞつもりて
posted with amazlet at 09.10.11
宮木 あや子
文藝春秋
売り上げランキング: 65539
おすすめ度の平均: 5.0
5 心をからめとる「こい」の諸相―


藤原北家の宝、藤原高子。

五節の舞姫をつとめた夜、誰よりも恵まれ、誰よりも美しい彼女を、九歳の帝は選ばなかった。

入内などはのぞまぬが、他の女に負ければ悔しい。

その夜、高子は、ある男と恋に落ちた。

後宮・七殿五舎

華やかで冷たい場所。

女たちは恋をし、恨み、競い合い、苦しむ。

男たちの権力も、地位もすべては空しく、訪れるのは孤独。

すべての想いは、泥のようにふりつもる。


帝を慕い、帝のお召しをひたすら待ち、帝の近くにいるものに嫉妬する、宣耀殿更衣・紀君。

意のままにならぬ帝の息子と、意のままにならぬ摂政の兄に心労を増やすばかりの皇太后・藤原高子。

その様子を傍観する、清和帝女御・源暄子。

摂政・藤原基経との確執、思うままにならない国政に憤りをおぼえ、後宮に通わず、乱行に走る少年帝・陽成帝をめぐる人々を描いた

「泥(こひ)ぞつもりて」

誰よりも帝の寵愛を受けながら、子を産むことができず、その愛を受け入れられない、弘徽殿女御・藤原多美子。

誰よりも入内を願いながら、所詮は外の女にすぎない源暄子。

愛する男・業平と引き裂かれ、皇子を産むだけのために九歳年下の帝のもとに入内させられた藤原高子。

嫌がる妹を、無理矢理入内させることとなった藤原基経。

后に世継を宿させることだけが、生きる理由と苦悩する清和帝をめぐる人々を描いた

「凍れるなみだ」

〜雪のうちに 春はきにけり 鶯の

こほれる涙 いまやとくらむ〜


息子・陽成帝が譲位し、二条后と呼ばれるようになった藤原高子。

藤原家の親政を阻止するために、高子の不義の証拠をつきとめる菅原道真。

摂政の立場にありながら、その重圧に疲れ果てた藤原基経。

臣籍に下り源氏性を名乗っていながらも、父・光孝天皇の崩御を受け、即位した源定省こと宇多天皇をめぐる人々を描いた

「東風吹かば」

〜東風吹かば 匂いをこせよ 梅の花

主なしとて 春な忘れそ〜


短編連作集ですが、主人公は前編通して登場する、二条后・藤原高子だと思います。

「伊勢物語」の主人公・在原業平との恋で有名な高子。

一族の姫を後宮に送り込み、生まれた皇子を帝とすることで権力を維持した藤原家。

高子が、清和帝の后として内定したのが十八歳の頃。

その時の清和帝はわずか九歳。

幼帝が即位した場合、后たちが年上という例はわりと多い。

しかし、ほかに適当な姫がいなかったからといっても、これは無茶。

でもその無茶が藤原家の場合、結構ある。

十八歳の高子にしてみたら、相手が后を迎える年頃になるまで待たなければならない。

で、その頃、平安朝一のプレイボーイ・業平との恋に落ちちゃって、駆け落ちしたりする。

結局、高子が入内したのは二十五歳のとき。これは当時としては晩婚。

惟仁親王(後の陽成帝)を産んだのは二十七歳のとき。

惟仁親王は、産まれてわずか二ヶ月で立太子。

跡継ぎができたダンナの清和帝は、惟仁親王が九歳になったとき、譲位して、その後、一番寵愛していた多美子と連れ立って出家してしまう。

息子の陽成帝は、凶暴性があって、目が離せない。

兄の基経は、どうも息子と折り合いが悪い。

何もかも恵まれた后と言われたところで、何になる?

という心境だったんでしょうね。

高子は、なんと五十五歳のとき、東光寺の座主・善祐との不義で皇太后の位を剥奪されてしまう。

高子にしてみれば、位を剥奪されようとどうってことなかったでしょうけどね。

この作品の登場人物は、皆、心に澱みを持っています。

やりきれない想いを抱え、それでも自分の立場を離れられない。

底抜けに明るいのは、宇多帝中宮・温子の女房で、歌人として名高い伊勢だけ。

この時代、帝の后で更衣となれるのは納言家以上の家柄、女御は大臣家の姫でないとなれないわけで、この小説に登場する人物は、ほとんどが超上流階級に属している「恵まれた」人々。

伊勢は、受領の娘だから中流階級。

伊勢がのびのびとしているのはそのせいかな〜と思いました。

陽成帝の真の想い人や、清和帝女御多美子の設定、など著者の創作部分はかなり多いと思うのですが、資料の使い方も上手く、ストーリーに無理なく入れます。

「R−18文学大賞」出身の作家さんなので、文章は色っぽいのかな?と思っていたのですが、とても静謐。

静かな文章なのに、高子の情熱や、陽成帝の乱行ぶりなどの激しい部分がじわっと染みてくるような印象です。

ただ・・・・・・・。

人名事典と、百人一首関連の本を傍らに置きながらでないと、難しいです。

人間関係が。

ウィキペディアや、歴史サイトも読みまくりました。

おかげで勉強にもなりました。

でも、この知識、役に立つのかな〜??

ともかく、宮木あや子氏の作品は、わたし好きかも。

他の作品も読もうと思っています。

Amazon.co.jp泥(こひ)ぞつもりて

参加中です↓。いろいろと励ましのクリックよろしくお願いします。
人気blogランキングへ
タグ:
posted by くみ at 19:47| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(宮木あや子) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。