2009年12月23日

“花の大江戸風俗案内”

菊池ひと美「花の大江戸風俗案内」です。

最近、「歴史小説」よりも「時代小説」のほうに傾いてきたかな?と思います。

歴史上の人物よりも、町人の生活に興味が出てきたようです。

あと「吉原もの」は好き。

時代小説に出てくる、衣装、髪型、季節の風物、そして「吉原」。

わかってきたような気だけはするのですが、やっぱりよくわからん。

そんなわけでこの本↓登場です。

花の大江戸風俗案内 (ちくま文庫)
菊地 ひと美
筑摩書房
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おすすめ度の平均: 5.0
5 「わかりやすさ」では他をしのぐ


「時代物を読むとき、これだけ知っていると面白い!」

が、この本のコンセプトです。

著者はイラストレータだそうで、イラストも豊富でわかりやすい本です。

冒頭は、やっぱり「吉原」

「花の吉原案内」

吉原の歴史から、廓での遊び方、掟、遊女の格、遊郭で働く人々などなどが紹介されています。

「吉原」は「元吉原」と「新吉原」とあります。

幕府公認の廓として、誕生した「吉原」は人形町あたりにあったそうです(「元吉原」)

明暦二年に奉行所から所替えを命じられ、翌年、浅草・浅草寺の裏手に移転しました(「新吉原」)。

捕物、火付盗賊改、奉行所など、時代ものの背景は、江戸後期(文化・文政)の頃が多いそうで、そうなると、そのなかで登場する「吉原」は「新吉原」ということになります。

吉原といえば花魁。

花魁といえば、「薄雲大夫」や「高尾大夫」、「揚巻大夫」が有名ですね。

「大夫」は廓の最高位。

「大夫」は江戸後期には存在しなかったそうです。

なので、時代小説や時代劇に登場する「花魁道中」を行っているのは「大夫」ではなく、「呼出し」「昼三」と呼ばれる位の花魁となります。

ややこしい。

吉原の遊客も、江戸時代初期は大名・旗本が主だったのですが、元禄以降、紀伊國屋文左衛門など御用商人になり、その後は検校など高利貸し、江戸時代末期に諸藩留守居役の武士、職人と変遷してます。

客の格が下がったため、「大夫」の位は消えてしまった。

吉原は値段も高く、格式ばっているため、だんだん安くて手軽な岡場所(非公認・風営法違反)に客が流れてしまった。

その結果、吉原は衰退していくのですが・・・

あれ?これってデフレスパイラル??

あと、深川芸者と吉原芸者の違いや(着物とか見た目から違うんですね)、お妾さんの暮らしなどもわかります。

あの「♪〜死んだはずだよ お富さん〜♪」

のお富さんが、元深川芸者で、お妾さんだったってはじめて知りました。

「武士と町人の暮らしと服装」

では、下級武士や、町人の暮らしがよくわかります。

大名はね、官位・身分で服装が違うから、見た目で見分けがつくんです。

商人(大店)は、形でもなく、色でも柄でもなく、生地の質が違うんだそうです。

丁稚が木綿で、だんだんと素朴な絹(紬)に移り、さらに上質な絹へと。

さらに役職者の差では、絹の産地の上質さにより差別化。

越後縮、本結城縞、郡内本八丈、唐桟留、広桟留、極上桟留って・・・すごい(わかんね)。

幕府の「贅沢禁止令」に、町人はこうやって対抗して、江戸の「粋」をつくりあげたんですね〜。

「髪型」もね、男性の髪型はそんなに違いはない、と思ってたんですけど、微妙に違うんです。

魚屋と、商家の手代とでは違う。

各自、格好良さを真剣に追求していたんですね。

竹串とか針とか使って、微妙に調整したらしいです。

女性の髪形はですね・・・怖い。

一発で、年齢、未婚、既婚、子持ち、身分、職業がわかってしまうのです。

いや、わたしには区別つかないけど、当時の人は区別していたんです。

小説でよく「片はずし」と出てくるんですが、「片はずし」という髪型をしているとその女性は、大奥の高級女中(お年寄クラス)だとわかります。

いや、見た目はよくわかんないんですけど、ドラマ「大奥」で浅野ゆう子さん演じる滝山さまがしていた髪形が「片はずし」です。

そのほか「浮世絵にみる四季の装い」「芝居に多い商売づくし」「小物の話」など、説明があり、時代劇ドラマが、結構現代にわかりやすいようにアレンジされているんだな〜、とわかります。

時代小説を読むときは、傍らに置いておきたい本です。

歌舞伎、時代劇でも役立ちます。

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2009年06月16日

“BL新日本史”

堀五郎「BL新日本史」です。

この本、三浦しをん氏も自著「ビロウな話で恐縮です日記」で絶賛しておられます。

ささやかないいことがありました。

携帯電話を持つようになって、友人に「お誕生日おめでとう」メールすることがふえました。

わたしもそういったメールをいただくようになりました。

高校の同級生で、腐仲間で独り身仲間で、こいつが結婚したらマジヤバいとお互い思っている、B子さんが、携帯を持って以来、今年、はじめて、正しいわたしの誕生日にメールくれました。

B子さんは、何故だか毎年毎年、6月9日とか6月11日とか、あと1ヶ月前とか、微妙にメールくれてて

天然・・・天然なのか・・・??
いや、手の込んだ嫌がらせか・・・??
わたし、B子さんになんかしたっけ・・・??(←思い当たること多すぎて・・・)

とか思ったりしたんだけど・・・。

B子さん、そうなのよ!!わたしの誕生日!!ありがとう!!!

もう二度と忘れんな!!!←本人、見てないけど。

ってことで、6月15日は3X回目のわたしの誕生日でした。

アラフォー女(腐女子)が、自分の誕生日の夜中に、ひとりPCに向かいBLについて語る・・・途中で疲れて寝ちゃったけど。

おぞましい光景ですね。

BL新日本史
BL新日本史
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堀 五朗 九州男児
幻冬舎コミックス
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おすすめ度の平均: 4.0
5 これ、お勧めします
3 入門編
2 教科書に書かれていない、新しい日本史の解釈。
5 目から鱗
4 なんか違ってる部分が・・・


で、この本は

緊急!?重版

日本の歴史は男同士のによってつくられた!!


という、間違っているようで、実は正しい(かも)、新しい史観で日本史を再認識する本です。

この本、たまーに無茶言ってますが、納得できるとこアリアリです。

そもそも明治以前の日本では、同性愛(男×男)は当たり前として受け入れられていました。

ま、そこんとこはみんなもう知ってて知らないフリ、ってカンジですよね(え、違うの??)

あ、火のないところで萌えるのが腐女子なんで、あんまりおおっぴらってのも色気がないっていうか、ね。

わたしはこの手の話題は「まかせとけや!!」ってな女ですが、それでもびっくりした箇所がいくつかありました。

まず冒頭は、ヤマトタケルではじまります。

前に「美少年日本史」という本も読んだけど、ヤマトタケルは外せないのですね。

わかります。

わたしがびっくりしたのは、中大兄皇子と中臣鎌足の「関係」について。

そういう説あったのか!!

えええええっ!!!

中大兄皇子といえば、同母妹の間人皇女との禁断の恋が定番じゃないのかいっ!!??


里中満智子先生の「天上の虹」で知ってから、わたしの「兄妹萌え」の原点だった・・・。

今、橋本治センセの「双調平家物語」読んでてちょうど大化の改新のあたりなんですが(平家物語で何故、大化の改新・・・)、この2人ががっつり登場してくるのに・・・あああああああ・・・。

平安時代後期・院政がはじまってからが、日本史のBL史観の節目みたいです。

平安時代後期から、急に日本史ってややこしくなるよな、と思ってました。
っていうか、単純にわたしが苦手なだけなんですけど。

そっか!!「院政」か!!白河院といい、後白河院といい、すげー!!

「北面の武士」「受領」「院近臣」とか、BLな目で見ると「をを!!そうだったのか!!」とわかりやすくなるのです。

そのまんま、鎌倉時代から室町時代、ずずーっと流すとBL「カオス」状態です。

そんな状態なのに、読んでいくと

「ああ、「太平記(大河)」、もっと真面目に観とくんだった」

「ああ、「花の乱(大河)」、途中でリタイアするんじゃなかった」

「ああ、「北条時宗(大河」)、主役がアレだったけど、北村一輝ナイスだったからちゃんと見とけばよかった」

大河=日本史の勉強、ではありませんが、大河を観ていると、その時代のこととかいろいろ知りたくなって、本で調べたりするでしょう??

そういうことをもっとしておくんだった・・・とか、真面目に考えたりしましたよ。

「BL新日本史」っていうこの本読んでて、急に真面目モードに入ったりするですよ。

歴史、奥が深い・・・。

戦国時代について、わたしが、わりと詳しいのは大河のおかげですね。
大河で戦国時代は圧倒的に多いですし。

「小姓」とか、もうわかってるって、ってカンジです。

強力な主従の結束、優秀な戦闘手段、ね。

フグが諏訪の姫を側室としたことで、「美少女萌えもあったが、美少年萌えも当然あった」と書かれていて、フグったらしょうがねぇな・・・と思いました。

戦国時代は、「本能寺の変の黒幕は?」とか「明智光秀、天海説」とか、「淀殿の子の父親は誰?」とか謎が多いですが、「千利休の切腹」ってこれ、最近、わたしのなかで最大の謎です。

理由は、今、「利休にたずねよ」を読んでいるから(双調平家物語とかけもち)。
読んでも、なおわからないことがあるから。

BL史観からすると「茶道」は、限りなく精神的「セクシャル」な儀礼なんだそうです。

「一座建立」ってそゆことだったんですか!!

かなり無茶ですが、この「BL新日本史」では、今までにない「新説」を打ち出してくれて、うっかり納得しそうになりました。

ははぁ、千利休の追及した「侘び」「寂び」とかセクシャルと程遠いはずなのに、「利休にたずねよ」を読んでいると、妙に「熱狂」とか感じるのはそのせいですか・・・(いや、違!)。

「千利休の切腹」に興味があるかたは、ぜひ、「BL新日本史」。

ま、そんな風におおらかだった日本の性の考えは、明治の訪れとともにすっかり価値観を変えてしまいます。

しかし、明治維新そのものは、薩摩や土佐といった、男だけの硬派集団(しかも衆道で結束かたい)の士風の藩によって変革を促され、それに最後まで抵抗した、会津でも同じような士風があったというから・・・。

なんか、なんか、

日本の歴史は男同士の愛によってつくられた!!


が本当なんじゃないか??と思ってしまうのです。

それじゃ、女は裏で何をやってたんでしょうか??

ぜひ、続編をつくってそこんところを追求していただきたい、と思います。

男同士のそんなところ見て、女は肉筆同人誌でもつくってたんじゃない??とか、考えてしまいます。

店頭で手に取りにくい方はぜひAmazon.co.jpBL新日本史

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毎年、日付ぴったしに届く、姉さんの気配りの細やかさが嬉しいです。
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2008年10月30日

“ホモセクシャルの世界史”

海野弘著「ホモセクシャルの世界史」です。

「腐女子」であると自他共に認めているわたしですが、この本は書店店頭で文庫を見つけたときに、その場で購入するのをためらいました。

だって、以前勤めていた会社の支店だしさ〜。
レジに知っている人、いたしさ〜。

でも他の書店でもやっぱり買うのをためらいました。

で、図書館にリクエストするのにもためらいました。

この本は「世界史」の本なので、別に後ろめたくもないし、ためらう必要はないのですが、ためらってしまうあたり、わたしも精進が足りないと思います。

で、アマゾンさんで購入です。

文庫で1000円もします。

ぶ厚いです。

さすが「世界史」!!!

ホモセクシャルの世界史 (文春文庫)
海野 弘
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「同性愛」(おもに男性同士)は「サイレント・シン」といわれてきたそうです。

口に出してはいけない暗黙の罪悪。

論じたり、研究するもの禁じられてきました。

しかしそもそも「同性愛」などという概念は19世紀から20世紀後半にあらわれてきたものだそうです。

「悪徳」「犯罪」「排除」「否認」などといった行為が行われるようになったのもごく最近のことなのです。
21世紀になったいま、「同性愛」は「容認」の方向へと向かっています。

「同性愛」を語るのに「宗教上の問題」というのがあります。

「仏教」は「同性愛」を話題にもしていない。
禁じてもいないが認めてもいない。

「ヒンドゥー教」は一般的に受け入れている。

「イスラム教」と「キリスト教」には「同性愛」の項目がない。

「ユダヤ教」は一般的には認めないが、認めようとする派も出てきている。

「キリスト教」の普及とともに否定的な見方をされるようになった「同性愛」ですが、あれれ?そもそも「項目がない」ってことは禁じられてもいないってことではないでしょうか??

そもそも「キリスト教」で「同性愛」が迫害されるようになった、聖書における「ソドム」の「悪徳」、「ソドムの住民は男色ゆえに天上の火によって滅ぼされた」ですが、もともと旧約聖書では「ソドム」の悪徳は「特に男色を示したものではない」そうなのです。

いつのころからか「同性愛」は自然の本性に反する存在として否定されるようになっていった、ということですな。

ま、そんなこんなで西洋で「男色」が大変な扱いを受けているときに、「稚児」だの「小姓」だの「陰間」だのと花盛りだった日本は、さすが「ボーイズラブ」の発祥地です。なんのこっちゃ。

この本、読んでいくにつれ、「アレクサンドロス大王」「カエサル」「ダ・ヴィンチ」「アンリ三世」「ランボー」などと、いまでは公になりつつある歴史上の人物が「同性愛」者であったことが書き連ねてあります。

英雄は色を好むものだし、芸術家は突き詰めると至高の愛として「同性愛」にたどり着くみたいだし、そういうもんなんだな〜とわたしなんかはボケーっと思ったりするだけです。

今の時代の子供向けの「伝記」なんかも、そゆこと堂々と書いてありますしね。

わたしが好きな20世紀を代表する偉大なる音楽家、バーンスタインの伝記には堂々と「男性と同棲していた」と書いてありましたしね〜。

この本で一部気になる記述がありました。

男性は「男らしさ」を強調し、男の友情を求めるが、同性愛を嫌悪するという矛盾した態度をとることにより、一対一の友情を避ける。

「男らしさ」に固執するため「同性愛」をおそれ、親友をつくれない。

男性同士って実は付き合いが難しいってことですか!?

女性同士は一対一で旅行に行ったり、映画に行ったりしますが、そういえば男性同士で映画とかあんまりみかけないな〜(注・「エヴァ序」ではたくさん見かけました)。

これにはびっくりでしたな。

つまりは「同性愛」は人間の絆、友愛の可能性をつきつけるもの、ということなのですな。

ふむふむ。

注・なおこの本では「レズビアン」に対しての記載はありません。
準備していたけれど発行に間に合わなかったそうです。
この本における「同性愛」とは「男性同士の愛」ということです。

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2008年10月17日

“江戸の少年”

氏家幹人著「江戸の少年」です。

この本、江戸時代の「江戸」の風俗を知りたくて借りたのです。

何やらタイトルが意味深なカンジがして手を出したのも確か。

正確には「江戸時代の少年」でした。

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成人前の少年少女が、社会への不安、不満、危機感などを感じ取るのに敏感なのはどの時代も同じだなぁと思います。

制度からつねに逸脱しようと狙うのは少年少女。

また社会の波をもろにくらうのも少年少女。

この本で紹介されている少年少女たちは、生々しく野生的でしたたかです。

まずいきなり、一番最初に紹介されているのが「星になった少女」

少女が出産した。

とはじまります。

なんと少女は数え年8歳!!

文化九年(1812年)のことです。

ちょっと待てや。いくらなんでも8歳はありえんだろう!!

と突っ込みいれたくなるのですが、まぁ、真実だかどうだか知らないが、当時の茨城県あたりでそんな話があったのは事実。
戸籍上は事実なのです。

江戸時代だからスキャンダラスなのか、江戸時代でもスキャンダラスなのか??
うーん・・・どっちだ??

この本では、父親が誰だ?とかそんな勘ぐりはせず、その事実(事件)に対し、その土地の領主がどのような態度をとったか?ということが淡々と述べられております。

社会的平穏を乱す出来事に対し、権力がどのような手段を使ったか、ということです。

とりあえず、わずか8歳で世間の注目の「星」となった少女の後半生はごくごく普通のものだったらしいです。

「子供戦争」では子供同士の「戦争ごっこ」の、凄まじさを書いてあります。

ま、子供同士の「戦争ごっこ」って多少は想像できるのですが、この時代は本格的すぎます。

徒党を組んで、「源義経」だの「楠正成」だのと名乗り血判書まで用意して剣術や相撲の鍛錬に励む。

そこまではいい。

しかし、事は発展し、子供たちはついには軍資金や兵糧を集めるため、と米を運ぶ馬士を鉄砲で撃ち殺し、米と馬を奪ったあげく、大篝をあげて気勢をあげた、といいます。

当然、藩の役人の尋問を受けることになるのですが、子供たちは

「戦の準備をしていただけじゃーん」

みたいなことを答えたという・・・。

うん。今も昔も変わって子供は変わっていないような気がしてきました。

子供たちの鬱憤が爆発するとき。

それは今も昔も子供が社会への不安や不満を強く感じているときなのですな・・・。

「義兄弟の系譜」では会津藩の藩士子弟による不祥事が紹介されています。

藩の若者たちが、幼若な少年に強引に「男色を申し懸け」る事件が多発したというのです。

おかげで藩の少年たちは外出もままならない。

謡の稽古の帰りに、無理矢理、数人の若者に襲われてしまった少年は、その一同に家(もちろん藩士の家)にまで押しかけられます。

腐女子といえど、ここまで堂々とされると退きます。

こっちの町の某少年がやられちゃったから、あっちの町の誰かを襲っちゃおうぜ、で、実行、みたいなことが散々繰り返されたらしいのです。

堂々としすぎです。

会津藩だけではなく、全国で大正中期までこんなことがしょっちゅう起こっていたらしいです。

「X中学の何某はY中学の奴等に奪われた。その代わり、Z小学の何某はこっちがもらった」

みたいな会話が繰り広げられていたらしいじゃないですかっ!!

男性方は女性に対し、なんか隠しているんじゃないのぉ??

内容はともかく、少年たちから江戸時代が見えてきます。

暴力的なほどに、生気に満ち溢れた時代。

江戸時代ってもっとのんびりした時代だと思っていましたが、認識が変わりましたな。

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2007年08月17日

“江戸よ語れ”

海野弘著「江戸よ語れ」です。

図書館で、歴史の棚の当たりをうろついて発見して借りてきました。

でも、この本、短編小説集だったのです。



江戸時代の「江戸」を舞台に語られる、ささやかな短編集。

流行、風物、怪異譚、などをモチーフに展開する23編の物語。


菊作り→宝暦のころ流行りはじめた「菊作り」。

雑俳師→元禄の頃大流行した俳諧。

触れ人→「触れ人」という職業の男を思い出す学者。

偽金づくり→銅細工職人がしている怪しげな職業とは?

茶道指南→江戸川であった心中事件。

離し鳩→鬼子母神境内で鳩を売る男。

狐の嫁入り→人を化かす狸は男、狐は女。

植木屋→『耳袋』の「寡婦死を免事」。

女医師→江戸時代から女性は「医術」にまったく関わらなかったわけじゃない。

石臼の目切り→柳沢淇園と老いた職人との出会い。

縁切榎→離婚は夫からの「離縁状」のみでしか認められなかった。

茶師→江戸中期、全国に宇治茶が伝えられた頃。

乞食仙人→柳沢淇園が弟子に語る仙人の話。

書・射名人→書家で弓の名人がおかした間違い。

茶碗屋敷由来→一つの茶碗がたどった不思議な運命。

馬鹿囃子→祭囃子に夢中になった松江藩主・松平斉貴。

傘売り→ある傘売りが語る、許婚だった女の話。

下駄屋→文化文政から天保。それまで草鞋か裸足だった庶民が下駄をはくようになった。

手車売→新徴組・佑天仙之助に出会った手車売りは・・・?

狸の卜者→狸好きの卜者のもとを一人の女が訪れた。

蚊帳売→季節感を作り出す蚊帳売の声。

女文士→滝沢馬琴の唯一認めた女の弟子は結局・・・。

樽屋と九人の女→町年寄の権力とは?



どれも10P程度の短編で、用語の解説、由来も説明されています。

時代小説ほど堅苦しくなく、「江戸っ子」を感じさせる、「人情噺」たちです。


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2007年08月09日

“源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり”

「源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり」

「平安王朝文学」が好きなんです。

「源氏物語」や「枕草子」、「更級日記」「蜻蛉日記」「和泉式部日記」とか、いろいろ。

「源氏物語」と「枕草子」はどちらが好きか?というと、実は僅差で「枕草子」の方が好きです。

一条天皇は7歳で即位し、32歳で崩御します。

その治世25年は「王朝文学」が花開いた時代でした。

「叡哲欽明」と賞された一条天皇は、たった一人の女性を愛し続けました。

その女性が「皇后・藤原定子」です。

この時代、天皇の后の最高位は「中宮」でした。
皇后と中宮は、基本、同じ位です。

彼女は中宮は冊立されますが、後、藤原道長の娘・彰子が中宮に冊立されるために、名ばかりの「皇后」へと追いやられるのです。

11歳(数え)で元服した一条帝は、14歳(数え)の定子を迎えます。
入内した年のうちに定子は女御から中宮となり、帝に愛された、最高位の女性となったのです。



定子とその家族は人臣位を極めますが、父・道隆の死後、一家は急速に没落していきます。

そんななか、一条帝は周りの「圧力」(とくに道長)と「白眼視」に耐え、彼女を愛し続けます。

政略結婚で結ばれた二人でしたが、まさに二人は「純愛」とも言うべき愛情を貫いたのです。

凄まじい逆境に耐えながらも、明るく朗らかに振舞った定子。

その定子に仕え、定子の後宮が沈みかかっているときにこそ、自らの感性と表現力で、その後宮の華やかさ、知性と感性、そして定子の輝きを書き留めたのが、清少納言。

「枕草子」は定子の輝きによってこそ生まれだされた、王朝文学の傑作です。

「枕草子」には一切「辛いこと」が書かれていない。

彼女は主人の意を汲み、「この世の楽しいこと」しか書かなかったのです。

どうしてこの著書のタイトルが「源氏物語の時代」なのだ??

といえば「源氏物語」のほうが有名だからでしょう。


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posted by くみ at 20:32| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(日本史・世界史・古典など) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

“大奥の奥”覗き見したい場所??

鈴木由紀子著「大奥の奥」

「本格派読書ブログ」と世間さまに大嘘をついている当ブログ。
本当にここんとこ「読書ネタ」がありません。

図書館に読みたい本がないんです。
リクエスト用紙に記入するのもうんざりです。
入荷するの遅いしむかっ(怒り)

あ〜、わたしは仕事柄、図書館にどうやって書籍が納入されるか知ってますが、浜○はこんなに遅くない!!はず。たぶん。

掛川図書館はまだ棚に余裕があります。

わたしが埋めてやるよ!!わたしの読みたい本でな!!!

で、ふらふら歩き回って、読めそうな本を借りてきたら、こうなりました↓。

・・・・・・・・。

わたしはこうどうして、普通の小説が読めんのか!?

えと、最近、江戸時代に興味がありまして・・・つか来年の大河の予習??



本当は別の「大奥」研究本をさがしてたんですけど、無くってむかっ(怒り)

これはわかりやすい入門書です。

「大奥」

ちゃりらりらりらら〜♪

常時一千人の女性がたった一人の男性「将軍」だけのために生活する場所。

千人の女子高生は想像できますが(女子高出身だから)、千人寝起きしているとなると・・・・。

恐ろしいな。

大奥での日常の生活は?

給料は?

大奥女中の階級は?

引退後の生活は?

などなどがわかりやすく紹介されています。

正室と側室・側室同士の激しい戦いは壮絶です。

ま大奥史上一の大事件となった

「絵島事件」の詳細を紹介。

絵島は将軍生母・月光院側と前将軍正室・天英院側との確執から生まれた罠にはまっただけで実は無実、であること。

無実に罪を着せられ遠流になり、二十八年の軟禁生活はどのようなものだったかが書かれています。

また伝説の大奥女中として

家光の側室「お万の方」→尼僧を還俗させて髪が伸びるまで軟禁したのは本当らしいです。それなのに「公家」の娘に跡継ぎを生まれては困る、と堕胎薬を飲ませてた春日の局は恐ろしいです。

綱吉時代に寵遇を受け(寵愛ではない)総取締役にのぼりつめた「右衛門佐」→才女なだけに「生類憐れみの例」に心を痛め、苦心した。

などを紹介。

大奥のトイレ事情まで紹介されています。

御台所がトイレに入るとき、なななんんと御中臈が一緒に入ってお尻の始末をした、というのですから、高貴な方は高貴な方で苦労があったのですね〜。


最後にはやはり来年の大河の主人公「天璋院」と、「公武一和」のため降嫁させられた「皇女・和宮」の徳川家存続のために奔走した姿が描かれています。

夫である将軍・家茂が亡くなる前に宮への西陣織を購入し、その西陣織を見た和宮が詠んだ歌

空蝉の 唐織衣 何かせむ 綾も錦も 君ありてこそ

は政略結婚であってもお互い思いあっていた愛情が伝わってきます。

このような本は、いつも最後は「和宮」で締められています。

17歳で江戸へ降嫁し、22歳で夫・家茂に死なれてしまった和宮。

彼女はそのまま江戸へ留まり徳川家のために尽くすことになります。

和宮のお話はこの本のなかでは一服の清涼剤。

「大奥」って覗き見するぐらいがちょうどいいです。

権威をもった御年寄なぞは、策謀のすえ老中まで蹴落としてしまうたくましさです。

「大奥」を「男の一大ハーレム」などと夢見るのは甘いですよ。


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2007年03月28日

“お家相続 大名家の苦闘”

目的もなく図書館に行くと何故だかこういう本を借りてきてしまいます。
わたし、小説にはものすごく「好き嫌い」があるので読んだことのない作家さんになかなか手が出ないのです。
いままでも「小説」の記事は少ないはず。
それだけ読んでないから。
選書や新書は「テーマ」さえ好みであればいいので、楽。

で、今回はこちら。↓。江戸時代です。



あ、そうそう、最近大河「風林火山」を見ていて思ったのです。
わたしには、、「戦国ヲタ」「戦国マニア」と呼ばれたり、名乗るほどの「知識」がございませんです。
「風林火山」わけわからん・・・・。

これからは「ちょっとだけ人より日本史が好きな人」だと思ってくださいな。
でも、高校時代、「日本史」「世界史」より「政治経済」のほうが成績は良かったです。

さて本題。
大名家は「お家」が一番大事。
減俸ならまだしも「断絶」なんてもってのほか。

昨年の大河「功名が辻」は、歴史上それほど有名でもないが、大大名になった「山内一豊」とその妻「千代」の物語でした。

ドラマ後半で描かれたのは、大大名になったゆえの苦悩でした。

いかに「土佐藩・山内家」が江戸幕府に対し、「奉公」に勤めたか?というと、なんでも他の大名家から「土佐藩に習え」と言われるほどだぅたそうです。
その「土佐藩」の土台をつくったのが「一豊&千代」でした。
「土佐藩」は明治維新まで二十万石から「減俸」されたことのない、まれな藩です。

ま、「加賀藩・前田家」「薩摩藩・島津家」には敵いませんが。

が、しかーし、「奉公」だけではどうにもならない問題が大名家にはあった。

それが「跡目」!!!

大名の子女の幼年・若年死亡率はとても多かったらしいのです。
昔の話なので、もともと幼年・若年の死亡率は高いとは思うのですが、大名家の場合、乳母たちがおしろいとして使っていた「水銀」が死亡率を高めたのでは??という説があるそうですが。
幕末まで「実子相続」できた家は皆無に等しい。
一豊なんて最初っから二代目は弟・康豊の子でした。

「実子」がいなければ「養子」です。
とりあえず親類縁者、とくに弟の子どもが好ましいのですが、それがいなければ「娘」の婿として「婿養子」を迎えなければなりません。
親類縁者にちょうどいい男子がいればいいのですが、いなければ他の大名家から「無縁の婿養子」。
「娘」がいるならまだいい。
「娘」がいなければ、まず「養女」を迎え、その養女に「婿養子」
もう「血筋」さえ怪しくなってくる。

当主が五十歳をすぎて亡くなった場合、跡目が決まっていなければ「断絶」の危機。
武士たるもの、その年齢ならば当然跡継ぎを決めておくのが嗜み。だそうで。
大名当主が十七歳未満で亡くなった場合、またピンチ。

「十七歳」という年齢が大事だそうで。若年ゆえに。
幕府の規定では十七歳未満の当主は原則養子を迎えることができず、その十七歳未満の当主が亡くなったら、目の前に危機が!!

かくして大名家は「年齢操作」をすることになる。
八歳水増しとか、無理ありすぎ。
そういや、最近、グラビアアイドルの年齢詐称が話題となりましたが。

なりふり構っていられない「大名家の悲哀」が浮かび上がってきます。

「華麗なる一族」ってどの時代でも大変なのね。

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posted by くみ at 20:37| 静岡 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 読書(日本史・世界史・古典など) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

“美少年日本史”あ〜あ。

この本は図書館の「日本史」の棚にありました。
あ〜〜〜。
読んじゃったよ・・・。
言い訳がましいことをいうと、「美少年」というタイトルでは手に取らなかったでしょう。
その後に「日本史」とついているところに惹かれたのです。



日本には「美少年」が特別扱い、丁寧に扱われてきた歴史がある。
と著者は述べています。

日本の長い歴史のなかで、ほんの最近(とは言っても明治維新まで)まで男性の同性愛はタブーではありませんでした。

大抵のかたは戦国大名とお小姓なんて思い浮かべるでしょう?

いや、しかしだ。

平安時代はもっとすごい!!
平安時代って同性愛にかぎらず『タブー』が無かったんですよね。
『源氏物語』を読むとわかるんですが、女房が主人の悪口言うのは当たり前。
他人の屋敷に入り込むのも当たり前。
塀の崩れたところから、植木を盗むのも当たり前。
で、他人の女房と寝るのも当たり前。
主上につかえる女御と通じようと許されてしまう。

いけないことは『外聞が悪い』ということ。
つまり、『噂』になったら本人の気分が悪くなる、だけ!!!

光源氏が父帝の妃である藤壺の女御と通じて、不倫の子をつくったとしても、光源氏は「ああ、帝の妃と禁忌を犯した。いけないことをした」なんて思っていない。
「ああ、父上の大事な人なのに。申し訳ない。でも」とは思っている。

つまり、光源氏は父帝に大切に育てられた恩義からそう思っているのであって、父帝との仲が悪かったら反省なんてしない。
ってワケです。
これね、バレたら、たぶん藤壺の女御は光源氏に引き取られ、世間の噂の的となって、「藤壺の女御はほんとうは中宮になれるはずでしたが、臣下の妻におさまりました。残念なことです」で終りです。

だから、
平安時代、『男性同士の同性愛』がまーったく『噂』になっていない。

イコール

堂々としてました。

になるのです。ホント。

実際『源氏物語』の光源氏と『空蝉の弟・小君』の関係は大野晋氏と丸谷才一氏が『黒』だと断定しているそうです。
瀬戸内寂聴氏も『関係有り』としています。

おっと熱弁をふるいすぎましたか??


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で、まだ続く。
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posted by くみ at 22:36| 静岡 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 読書(日本史・世界史・古典など) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月06日

“大江戸の姫さま”江戸時代、「姫さま」は数万人いた!!

seesaaさんがリニューアルしました。
使いにくい、使いにくい、使いにくい。
さくさく動いてくれよ!!!
とりあえず『練習』せねば。←サービスを変えるのは面倒なのよね。

というわけで。
図書館で何も考えずに本を借りると、こういう本ばっかりになります。↓。歴史ヲタ・・・。


大江戸の姫さま 〜ペットからお輿入れまで〜

「姫」とは貴人の娘を指していいます。

「王女」と「姫」は違います。
王女、と呼ばれるのは王朝直系の女性のみ。

現在の日本では天孫までを「内親王」と呼び、それ以上離れている方は「女王」(じょおう、じゃないですよ「にょおう」です)と呼びます。

さて江戸時代。
大名の正室と子どもは江戸に常住せねばならなかった。
各大名家ごとに「姫さま」がいる。
直参旗本の娘だって「姫さま」と呼ばれたりする。

他にも、国元で側室から産まれた「姫さま」が出府してくることもあるし、京の公家の「姫さま」が下向してくることもある。

常時千人以上、のべで約数万人の「姫さま」が江戸時代に存在したそうだ。
大変そうだ・・・。ひとりで出歩けない人たちがそれだけいるんですよ!?

大奥ネタ。
将軍綱吉(谷原章介)の娘・鶴姫(小池栄子の娘!)はわずか9歳で紀伊徳川家へ輿入れした。
将軍の娘だから「降嫁」。
鶴姫が移動したのは江戸城大奥から、紀伊家上屋敷(赤坂)までの数キロメートル。

多くの「姫さま」は江戸だけで人生を送った、といえる。

なんだか切ないな〜。狭い世界だな〜。
綱吉の一人娘・鶴姫は28歳で亡くなってしまった。

そうかと思えば長旅をして江戸にやってくる「姫さま」もいる。
来年のN○K大河の主人公「天璋院篤姫」は、将軍家定に入輿するため、はるばると鹿児島からやってきた。
彼女は島津斉彬の実子ではない。養女なので国元にいた。
将軍の正室になるために、斉彬の養女になり、さらに近衛忠熙の養女になっている。
注・島津家は大名家で唯一、将軍御台所を出した家。

で、結局・・・。

「姫さま」の存在意義というのは「輿入れ」にある、と。

家と家をつなぐネットワークの要。
将軍の娘は有力大名に嫁ぎ、幕府の基盤を補う。
将軍家・御本丸流と大名風と微妙に文化が違うらしい。
「姫さま」は多くの女中たちを引き連れて輿入れする。

公家の「姫さま」も将軍家や大名家に輿入れする。
公家と武家の複雑な縁戚関係を形成する重要な一員。
生活様式は、公家と武家では、もはや異文化コミュニケーション。


この本も最終的には「内親王・和宮」の降嫁で終わっています。
やはり最後は彼女に行き着く。

以前に「内親王ものがたり」という本の記事を書きましたのでよろしかったらどぞ。→こちら。

「姫さま」というと華やかなイメージがありますが、封建制度が確立された江戸時代は、彼女たちの個性を微妙に隠してしまいました。
そして近代日本の成立期、「対等な立場の妻」という存在そのものがまるで無かったかのように消されてしまいました。

そしてそのまま現代に至る。
最近、「女性が強い」とか言われますが、そんなの嘘ーーん!!
女性はもともと存在感バリバリにあって、歴史的に見れば、そんな時間の方が長いんですよ。

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posted by くみ at 22:05| 静岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書(日本史・世界史・古典など) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月18日

“内親王ものがたり”

私は「皇室典範」の改正についての自分の考え、をブログに書こうとは思っていません。
念のため。
ちなみに現在の皇室典範では「皇子・天孫を親王・内親王とする」と定められています。

この本を読んだのは「歴史もの」を読んでいるときに登場する「内親王」の立場、世間からの扱いを知りたかったからです。

「源氏物語」によく出てくる『内親王は未婚が通例』とは、どうしてなのか??
最初の疑問はこれでした。

内親王ものがたり
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最高貴な女性「内親王」は生まれたときから国家と政治に関連づけられる大きな使命を背負っている。
すべては自分の幼い頃に決められ、そこに自分の意思はない。
受身ながらも気高く精一杯生きた内親王たちを紹介しながらも、歴史にうずもれ名前も知られていない内親王方にも敬意をこめて書かれた本です。

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2006年08月26日

才能と美貌と恋愛と。“和泉式部の歌入門”

平安王朝はたくさんの才女を輩出しました。
代表的なのはいうまでもなく「紫式部」「清少納言」
そして「赤染衛門」「和泉式部」でしょうねぇ。

さて、「和泉式部」です。
百人一首にとりあげられている歌は

あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな

です。

私はこの人のこと、実はよく知らなかったのですが、偶然我が家で見つけた(ということは当然、母の本)、煩悩夢幻著:瀬戸内寂聴を読んで、興味を持ちました。

百人一首にとりあげられている「あらざらむ〜」より、もしかしたら有名かもしれないのがこの歌です。

くらきより くらき道にぞ 入りぬべき 遥かに照らせ 山の端の月

正確な訳なんてわからなくても、どこかぞくっとくる歌です。

それから他の歌も知りたくなって↓この本を読みました。



画像がないよ・・・。
あっ、出版社にも画像無し・・・。
こんなんばっか・・・。


ランキング低迷、応援おねがいします。
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2006年07月01日

“田辺聖子の小倉百人一首”百人一首に百のドラマ。

最近読む本ないなぁ〜と思うとクラッシックに手を出します。
古典、というか「古典もの」。
古典をもとにした小説が好きです。
だから瀬戸内寂聴氏とか田辺聖子氏とか好きなんですな。
高校時代から古典は好きでした。
百人一首は上の句が出れば、下の句は出てきます←おそらく。たぶん。
古典は文法じゃないよなぁ〜と思います。
内容がわかればいいんだよ!!文法、文法言ってるからよけい難しくなるんだよ!!

というわけで↓です。「田辺聖子の小倉百人一首」 


その歌がどんな場面でつくられたかわかれば、理解もしやすいってなもんです。
百もドラマがあるんだからお得(?)な感じもします。


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2006年05月11日

“源氏物語”そうよ、私は『源氏物語』が好きよ!

えーあー、数年前でしょうか?
職場のパートの年配の女性(ま、おばさんとも言う)とお昼が一緒になったとき、読んでいる本の話題になりました。
そのころ、私は瀬戸内寂聴現代語訳『源氏物語』を読み返してたんです。
源氏物語はかなり好きで、いろいろなかたの現代語訳・小説版を読みました。
私は『源氏物語』のことを

日本が世界に誇る文化遺産

だと思ってます。

だから、おばさんからこう言われるなんて思っても見なかったのです。

「あなた、源氏物語なんて不潔よ。あんなの文学じゃないわ!男が次々と浮気する話でしょ。あんなの知ってても何の役にもたたないわよ。汚らわしい!!!」

おばさん・・・あんた古典苦手だったんだろ・・・。

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