2006年12月29日

功名が辻 総集編

功名が辻 総集編。

やはり病院で見ました。
病院の消灯時間は9時なんですよね。
『総集編』はかなり遅くまで、放映したので、まわりの方々に気をつかいつつ・・・。

当日、TVのカードが切れまして(ディープインパクト疾走直前に!!)、翌日退院だというのに「辻」もあるし・・・とカード買ってしまいました。

で、総集編ですが、いきなり『鉄矢』。
N○Kはいつから、こんなの許すようになっちゃったんでしょうかね??
いいけど。

一豊くんが最初に出てきたとき、あまりの若々しさにびっくりしてしまいました。
で、千代が仲間さんになってからですけど、やっぱり若い!!
千代って老けないな〜なんて思ってましたが、今見ると最初のころの仲間さんは13.4の千代を演じているように見えました。

で、やっぱり最初の泣き所はココ。

「千代は生きて、一豊さまの妻になりとうございます!!」

炎のなかの抱擁に、お前ら早く逃げんかい!!とツッコミいれたのを思い出しました。

あと、全体的に印象に残ったのは千代と一豊の新婚時代の笑いどころ。
いや、この二人はいい加減いい年になってからもラブラブで笑えましたが。
夫婦のやりとりがいいんですよね。

最初で最後の浮気で、出て行った千代の置手紙に目が泳ぐ一豊。

お馬さんを買ったときの一豊くんの満面の笑み。

他ではやはり『本能寺』。お濃さま。

「あの世で会おうと申されましても、殿は地獄、わたくしは極楽。これでは死に別れでございます」

カッコイイ!!

よねをなくしたときの悲しみ。
成くん・秀次の最期。
玉さまの最期も印象に残っています。
淀さまのおそろしい演技。強烈でした。

ああ、あとね。我がライバル淳・一氏の

「あとはそちひとりで走れ。功名をたてよ」

なつかしい初期からずーと見て、一豊が出世したのは千代のおかげですが、千代がイキイキと生きることができたのは一豊のおかげだと思いました。

どちらが欠けても、土佐二十万石の礎は築けなかったと思います。

まったく同じ大きさのお墓を見て思ったのです。
お互いがお互いを支えた夫婦だと。
千代ばかりが有名とされてきたこの夫婦。
千代ばかりがいままでもてはやされてきても、一豊はあの世で笑って済ましていたのでしょう。

面白かった。面白いかったよ、このドラマ!!

これにて「功名が辻」の記事は本当におしまいです。


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2006年12月28日

功名が辻「永遠の夫婦」

功名が辻「永遠の夫婦」

なんでこんなに遅れたんだ!!って入院してたからだよ!!
今更記事にすることもないのですが、やっぱり最終回まで書きたいですね〜。

前回、天守閣でいかにもヤバそうな倒れ方をした一豊くん。
くも膜下とか卒中ですよね。
半身不随となるってことは、くも膜下出血でしょうかね。
リハビリの必要性をとく祖父江家次男。
京の曲直瀬家で修行したと。→いまで言うところ、東大医学部ぐらいか?
曲直瀬道三は医聖と呼ばれたほどの人。
その子、玄朔も当時日本一の医師と呼ばれた。

祖父江家次男が「一豊の病は完治しない」とはっきり言い切ったことで、徳川との関係をさらに近づける康豊。
山内家重臣ズは処世の術もすぐれてきたようです。

一豊くんは千代の介護のおかげで庭で歩けるまでになりました。



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2006年12月03日

功名が辻「功名の果て」おまけ。二代目土佐藩主は掛川生まれ。

さてさて、今日、「嫁とり」で話にでてきた一豊の跡継ぎ、忠義は康豊の子です。

二代目土佐藩主・山内忠義は掛川生まれだそうです。
掛川五万石を拝領したとき、一豊は秀次の宿老だったりしたため、掛川の留守居を弟・康豊にまかせていました。

それでもちょくちょく来ていたらしいです。

一豊は領地・掛川の今で言う「下垂木」(しもたるき)で鷹狩りをしていたそうです。
で、その休憩として、いつも使うのが、その土地の豪農「中村家」
ある日、一豊が「中村家」で休憩中、早馬が来ました。

「ただいま、康豊君に男子ご誕生でございます」

一豊は「それはめでたい!」ということで、その中村家当主に「名前」をつけてくれるよう頼んだそうです。

で「国松」と命名された、と。

その中村家と土佐に行ってしまった山内家の交流は続いたそうです。
一豊や忠義からの書状が残っているそうです。

その「中村」さん。
いまも掛川市下垂木にいらっしゃいます。
続いてますね〜。すごいですね〜。

あそこの辺り「中村」さんが多いので、どのお家かわかりません。
私と母は「あの家じゃない?」と、とある大きなお宅だと目星を勝手につけております。

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功名が辻「功名の果て」

功名が辻「功名の果て」

さらっといきたいと思います。

「最後のあがりがこのようなむごい所業であったとは」 by 千代

「人生はすごろくではない」 by 一豊

というわけで熟年離婚の危機です。

新右衛門に千代は

「殿が土佐をもらわなければ新一郎は死なずに済んだかもしれぬ」

といいますが、それって・・・山内家のために必死で働いてきた新一郎に失礼。

新右衛門は千代に

「どうかようやったかほめてやってくださいませ」

といいます。

さらに、新一郎と六平太の葬儀は山内の名で盛大に行うのが大事、と新右衛門。

「それが政ごとか」

で、出て行ってしまいましたよ、千代さん!

一方、伏見では家康が一豊には、ご、ご、ご、五十万石与えてもよかった、などと言っております。ほんとかよ・・・。

「豊臣ゆかりの大名で信じられるのはあやつだけじゃ」 by 上さま

家康VS如水はすさまじかったですね。黒田如水が見られるのはこれでラストでしょうか?

荒れ寺で暮らし始めた千代。←だから一豊の領地じゃねーかっ!!
「拾」が成長して「湘南」となり、たずねてきます。
立派になったな〜。

出て行った千代に戻ってきてもらおうと、新右衛門。

「枕元に吉兵衛が・・・」←定番。

「その手にはのりませぬ」←定番。

湘南は『寛猛自在』という言葉で、「父上もお辛かった」と千代に言います。

そこへ康豊くんが走りこんできて、一豊が倒れたと!!

てなわけで、一豊くんの仮病なんですけれども、丸くおさまってしまう、と。

「千代がおらねば わしは何も感じぬ。

千代がおらねば生きている甲斐などない」
 by 一豊

いえいえもとどおりでよかったです。

跡継ぎ、忠義に「嫁をさがしてくれ」と家康に頼む一豊(千代の知恵)。
これで「嫁」は家康の養女としてくださるんですからありがたいことです。
家康もご機嫌。
この「嫁」、「阿姫」は家康の異父弟の関係の娘らしいので、山内家は徳川とは縁続きになるのですな。
山内家はこれにより、『松平姓』も授かります。

高知城もできあがり、入城。

やっぱ似てる・・・毎日見ている私が言うのだから間違いないです。
掛川城より何倍も大きいですが、そっくりです。
あたりまえ。
掛川城を再建したときに高知城をモデルにしたのですから。

めでたしめでたし、というところで

一豊倒れる!!!

ちょっとヤバイ倒れ方です。

次回、最終回。

一年って早いですね。

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2006年11月26日

功名が辻「種崎浜の悲劇」

功名が辻「種崎浜の悲劇」

・・・・・・・・・。

千代は撃たれてなかった・・・。
鉄砲の弾も避けて通る女。

一領具足の反抗はなかなか治まりません。
だんだんと事態は泥沼化へ。
最近の千代は一豊のやり方に不満あり。

さて、「築城の許しをこう」と言う名目で家康に対面した一豊。
ものすごいプレッシャーをかけられます。

「土佐が治まりしだい江戸へ戻ろうと思うておる〜〜〜

急ぐのじゃ」
by 家康

「ははっ」 by 一豊←ここ、「ははっ」というしかないだろう。

お前がしっかりせんから、俺は江戸へ戻れない。
なんて言われて!!

井伊直政がまだピンピンしてる・・・・。
あれ??アンタ、もうじき亡くなるはずよ。

というわけで、六平太から「例の案」が出されます。



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2006年11月20日

功名が辻「土佐二十万石」おまけ。一豊くんがいなくなってからの掛川は??

一豊くんが土佐に行ってしまいました。

一豊くんが去ってからの掛川。
江戸時代になり掛川藩。

もう、とんでもなく藩主が替わっています。譜代・親藩の藩ですけどね。

こんなですよ。




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続きを読む。長いです。

2006年11月19日

功名が辻「土佐二十万石」

功名が辻「土佐二十万石」

ちょっと、書きにくいな〜。

徳川家康からたいへんな宿題を出されてしまいましたね。
一豊くん。

えとですね、私は土佐・高知での『山内一豊』の評判を知りません。
一豊は掛川城主で、掛川を城下町にした人です。
そのイメージしかないのです。
いいイメージしかない。

掛川は江戸時代に入り、譜代の城主が入れ替わり入れ替わり入れ替わり、江戸時代後半にやっっっと太田氏(太田道灌の家系)で落ち着いた土地です。
市のマークは桔梗(太田氏の紋から)です。
藩主・藩政が定まらなく、用水の開発に遅れ、灌漑用水を溜め池(市内に溜め池が200以上あります)に頼っていたため、干ばつのたびに大飢饉となり、死者をたくさん出しました。
はっきりいって当時は貧乏な土地(米がね〜)。
土地の広さのわりに石高が少ないのはそのせいです。
茶畑の方が多いしな!!!
その貧乏ゆえの倹約が『大日本報徳社』の教えにつながったといっていいでしょう。

それにくらべたら土佐は豊かだと思います。
暖かいし。暖かいし。って暖かいんですか??
ま、掛川も雪は降りませんが。

その土佐を治めるために一豊がしたことを、土佐・高知の人々がどう思っているかは知らないのです。



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2006年11月12日

功名が辻「三成死すとも」

功名が辻「三成死すとも」

『三成死すとも』・・・・自由は死せ・・・違うよ。
『豊臣滅びず』、と続けたいのでしょうかね??
いや、滅びるけど。

三成は捕らえられ、大津城の陣屋の前にさらされました。
三成にちょっかいかけたのは、あれは誰??福島??
細川忠興(玉さま旦那)が何も言わずにただ頭を下げて通ったのが印象的でした。
三成は小早川秀秋を見つけ『呪いの言葉』を吐きます。
この呪いの言葉が効いたんでしょうか??
小早川秀秋、2年後に狂死です。

一豊は三成に陣羽織をかけてあげました。←これ・・・事実は黒田長政だったらしいですけど。

ま、いいや。一豊らしいし。いや・・よくないか・・・。

そこで三成の淀さまへの遺言を託されます。

「徳川を頼ることとなっても、秀頼さまと豊臣を〜」(うろ覚え)

家康と三成の対面のシーンは凄まじかったですね。

「さらばじゃ」by家康。



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2006年11月07日

功名が辻「関ヶ原」

功名が辻「関ヶ原」

天下分け目の「関ヶ原」

いきなり登場の三宅アナ。
もう頭の中は「その時、歴史が動いた」状態です。
おいおい、いまから大河だろ??といった不安は途中で大当たりしました。
ドラマの途中で出てきたときにはひっくり返りました。

最初からなんですが、先にしかけたのは東軍・福島正則のはずです。
福島正則が天満山の宇喜多秀家の陣地にめがけて打ったはず・・・はず・・・??
すみません、私、パソで調べてから書く人間ではないので(アナログ人間)、記憶と資料(紙)が頼りなのですが・・・。
その福島正則を出し抜いたのが井伊直政と家康四男・松平忠吉(井伊直政は舅にあたる)、のはず・・・??
福島正則の挑発も兼ねているはず・・・はず・・・??

ま、いいや。

で、一豊くんは南宮山の吉川広家、その後ろの毛利秀元に備えて配置されました。
ま、ほとんど出番はないワケです。

さて福島正則VS宇喜多秀家は大将自ら戦頭で戦ったようです。

で、笹尾山の石田三成に向かったのが、これまた三成嫌いの黒田長政。
黒田長政もまた陣頭に立って戦った、といいますが・・・。

三成は戦いのほうは島左近(二万石ですって!!)と蒲生郷舎(一万石)にまかせていたようです。
島左近は鉄砲に撃たれてしまったらしいです。

最初はかなり西軍が押していたようです。

数では西軍のほうがはるかに多い。
しかし団結力がまるで違う。
西軍で実際に稼動していたのは3万程度。

三成が島津義弘に山を降りるように催促しても、はねつけられたように、他の武将もやる気いまいちだった様子。
小西行長もやる気あるんだかないんだか??だったらしい。

そうすると、一番やる気があったのは三成と友人であった大谷吉継ということになりますか。
えと、ちらっと出た、顔を頭巾でかくしている人です。
彼はらい病(今でいうハンセン氏病)であったため、醜い容貌を見せるのは武士としてしのびないと、顔をきれいに白布で覆い頭巾を被っていたのです。

内応してんのかしないのか、はっきりしない小早川秀秋。
あのうろたえぶりは見事でした。
まだ若いのに1万2千人の大軍抱えて、プレシャーもあったと思います。

「味方はどっちじゃ!!??」←お前が決めろ!

シャーン♪は彼にすべきでしたね。

そういえば六平太は南宮山から降りてきて、一豊くんのオシリをたたき、あっというまに松尾山で秀秋のヨコにいましたが、可能なんでしょうか??
毛利軍には顔パスだったのでしょうか??
山内家大阪邸でもパスみたいですが?

老骨に鞭打って戦場に立っているのは六平太のような気がする。
だって、50過ぎてるよな〜〜。

老骨といえば島津義弘は67歳です。

そういえば毛利秀元の「宰相のカラ弁当」ってでませんでね。
↑ウィキで見てください。

なかなか動かない小早川秀秋に家康、大砲で脅かします。
あの〜鉄砲では??

ま、派手なほうがいいですか。
今回は流石に人馬入り乱れて、映像的には満足でした。

途中で三宅アナ登場はいただけない!!
ある意味斬新ともいいますが。


そうそう、わたくしの勝手にライバル。ロンブー淳の相方も出てましたね。

「そん通りでごわす!!」←そんだけかよ!!

ま、島津豊久はあのあと死んでますので、よし、としときます。
あ、島津義弘の前代未聞の敵陣中央突破戦場離脱については↓の本に詳しく載っているようです。


島津奔る 上・中・下
諸事情で絶版してますが、アマゾンにはあります。

さてさてすっかり家康にびびった秀秋。
正午にやっと動き出します。
襲うは大谷勢。

小早川秀秋の裏切りは、裏切りを呼び、朽木元綱、脇坂安治らが寝返り、勝敗決す。

結局一豊くんはたいした手柄をあげることはできませんでした。
出番をつくってもアノ程度。

勝ってもむなしさの残る戦場。

一豊くんの

「屍を踏まぬように〜」

は、一豊らしいセリフでした。

「三成・・・」といってわんわん泣く淀殿。
あれを見て秀頼が「ぼくのパパは三成だったの!?」と思わなきゃいいんですけど。

三成の佐和山城は炎上。一族自刃。女子の最期は「女郎墜」(←女中たちが炎に追われ崖から飛び降りた)と呼ばれております。

三成は逃げるものの、田中吉政にとらえられます。

さて、三成がなぜおとなしく捕まったか??

これはきっと『功名が辻』だろうと、他の本であろうと同じだと思います。

ま、一応続きに書いておきます。
違うかもしれませんが。

あ!!そうそう井伊直政が最後のほうピンピンしてましたよね。
鉄砲で腿を撃たれているはず・・・??
このときの怪我のせいで数年後に亡くなっています。
そういえば彼は「棺」で三成を演じていた・・・。
ややこしかった。

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もう、ドラマレビューでもなんでもないや・・・。

さっき『太閤記』を見たら三成が上品な秀吉になっていた・・・。

続きを読む。要注意。

2006年11月05日

功名が辻「関ヶ原」の前。

天下分け目の戦い前です。

こんばんは。

さて、今夜は「天下分け目の戦い」のあと「戦国最大のミステリー」もありますね。

ってことで「辻」記事は明日以降です。

「戦国最大のミステリー」『信長の棺』ですが、まあ、ミステリーなんですが・・・。

あえていうなら

茶々さまの妊娠のほうがミステリー!!

と思う私です。

おっと戦がはじまりますので、失礼します。

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2006年10月29日

功名が辻「決戦へ」

功名が辻「決戦へ」

なぜ?なぜ、シャーン♪が福島正則なの??
せめて細川忠興にして欲しかった・・・。

千代から封を切らない書状が届き、それをそのまま家康に届ける一豊。
中には千代の「自害して果てまする」なんて手紙も入っていました。
家康さまもちょい感動。
この時一豊が動揺してましたね。そりゃするだろが!!

さて評定前夜には一豊の陣屋の前を忠興が通ったり、正則が愚痴を言いにきて暴れたり(←だから何故こいつがシャーン♪なのだ!?)、堀尾さんの息子がやってきたり。

堀尾息子の言うことには、堀尾父は「浜松城を家康に明け渡せ」というが、そこまでやる必要があるのか?と。

ま、ここ原作とちょい違いますが(うろ覚え)、私はこちらのほうが良かったと思います。

評定にて家康は、各々大阪に帰りたければ帰っていい、と言いますが、誰ひとり帰らず、まず昨夜愚痴っていたはずの福島、ついで細川旦那(コレは当然)が決意を述べます。

ここで一豊は隣の忠氏をせっついたのですが、忠氏、口が開けず、

一豊の一世一代の晴れ舞台、実はパクリ!!

「城も領地もすべて徳川さまに差し上げます」

が出ます。

城を預けるということは、絶対的な信頼がなければできないことです。
人質徴収などよりずっと効果があります。
勝利しなければ、帰る場所がありません。

これは一番最初に言い出さなければ効果がありません。

一豊が言い出し、東海道の各大名があとに続きました。
これは上方への道筋の確保と兵糧の確保ができたということです。
城を預けた各諸将は何がなんでも勝たなくてはならず、士気の高まりは東軍の比ではないと思います。

堀尾息子に考えをパクったことを謝る一豊。
忠氏の返答が実によかったです。
己が未熟だったと。
「戦は各々ですでにはじまっている」と。

あ〜それにくらべて三成ヤバイかんじ。
人質徴収は失敗するし。

三成を最初から窮地に追い込んだのは、やっぱり玉さま!という感じがしますね。

東軍の大将は毛利輝元なんですが、その毛利が内部分裂。
結束力がすでに乱れてる。っつか結束力なんて最初からないのです。

毛利輝元って東軍の大将をつとめてながらも、結局生き残るワケで、そこには吉川広家のおかげなんですが。
そういや島津も残るな。

それにしても一豊!!
今日の演説は良かった!!
最近一豊に貫禄が出てきたのはこのためだったのか!?と思いました。

「わしはこの度、山内家の家運を開く〜〜〜」

「わしは運がいい〜〜〜」


しかし、いかんせん長すぎて書き取れませんでした・・・。

千代「殿はもう若くはないの」

確かに。
たぶんあのなかじゃ最年長の部類でしょう。
一豊も人生の終盤に、すべてをかけたのです。

大物ではない。しかしすでに小物でもなかった。By原作。

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今回はあまりにもまっとうなドラマすぎて、突っ込みができませんね。





2006年10月23日

功名が辻「ガラシャの魂」

功名が辻「ガラシャの魂」

まだ「久延寺」・・・・。
※「久延寺」は現在、住職不在の無人の寺です。荒れている可能性があります。マイ母情報。
「迷っている」とバカ正直にもほどがある一豊。
しかし、ソレが許されるのが一豊。
「迷いなされ」と家康。
器の大きさが違いますね。

「久延寺」での供応が6月24日。
一豊は7月3日に出陣します。

三成は大阪城に入城し、諸侯の妻子を人質に取る、と言い出します。

千代が一豊のために兵を掛川に送ると、今度は一豊が急に千代を心配しだして・・・・・。
いやさ・・・・いくら千代が心配だからってさ・・・康豊が掛川を出ちゃってどうすんのよ・・・・。
留守居は???
もう、いいや「功名が辻」だし。
どーせ、城ごと差し出すし。

一方千代は自分の身も危ないっつーのにまた「チャングム」のごとく、ヒトサマのコトにクビを突っ込んでいます。
もう、いいや「功名が辻」だし。

私は、千代は別に玉さまに会わなくても「手紙」だけでよかったんじゃないかな〜と思うんですが。
「山内家」には「山内家」の家風が。
超名門「細川家」には「細川家」の家風があると思うんですよね。

すいません。一晩寝たら、順番がまたおかしくなってます。

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2006年10月16日

功名が辻「大乱の予感」

功名が辻「大乱の予感」

家康が諸侯に国許に帰ることを許したので、一豊も久しぶりに掛川へ。
千代は残ります。
高台院・寧々さまにご挨拶。
寧々さまはすでに「家康」支持ですが、「山内家のことは山内家できめること」と思っていらっしゃるご様子。
いや、絶対絶対、結局は「家康」に着くと思ってるか・・・。

淳・中村一氏は病。
堀尾さんたちとお見舞いです。
旦那たちが見事に老けているのに、奥方たちはどうして・・・・。
とくに乙葉!!
もう30年たったんですって!!
え?一豊が土佐藩主になったのが55歳。
と、いうことは、このころ54歳ぐらい??
30年前は24歳。
千代と12歳離れているから・・・・え??千代ってあのとき12歳!?
ま、二人がいつ結婚したかははっきりしてないのですよね。

さて、家康は大阪城へ入ります。
三成は国許にてなにやら画策中。

え〜一晩置いたら、すっかり中身を忘れました。

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2006年10月09日

功名が辻「三成暗殺」

功名が辻「三成暗殺」
「暗殺」ではない。
「失脚」です。
誤解を招くタイトルをつけないでほしいな・・・。

秀吉の死後、朝鮮からの撤兵が行われました。
7年続いた「無意味」な戦の終結です。

撤兵のため「船」「食料」の調達には、徳川や前田がかなり心をくだいたそうです。
あれ?豊臣は??って当主があんな子どもじゃ・・・・。
もう、このあたり秀吉、大失敗。

さて諸将を迎えるため博多に派遣された三成。
いうまでもなく「太閤」の死は伏せてあるため、三成は「太閤」の名代として上座です。
しかし、実際はもう「太閤」は亡くなっている。
子飼いの加藤清正、福島正則がカチーンむかっ(怒り)とくるのは当然です。
しかも「茶会をもよおし」なんていう三成。
三成本人、ねぎらったつもりなんですから始末におえない。

朝鮮派兵のため、諸将の懐はからっぽ。
困窮のきわみ。
朝鮮戦地では、大飢饉、死んだ馬やネズミまで食べ、泥水をすすった、というのですから、三成はあまりにも惨状を知らなすぎます。
また、当然ながら、船に乗り遅れた残兵が諸将にはいるはずです。
残された兵がどうなったか・・・・?
なぶり殺しか、捕虜・・・・。

五大老は
徳川家康・前田利家・宇喜多秀家・毛利輝元・上杉景勝。
(注・順番はてきとー)

五奉行は
前田玄以・浅野長政・増田長盛・石田三成・長束正家。
(三成の席次は五奉行の四番目、とどこかで読んだ。)

五大老と五奉行の間を取り持つ、三中老は
中村一氏・生駒親正・堀尾吉晴。
(順番、てきとー)

あ〜ぶっちゃけ、一豊はこんな厄介な役を任せられなくてラッキーだよ・・・。


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2006年10月01日

功名が辻「秀吉死す」

功名が辻「秀吉死す」

「シャーン♪」はやはり利家でした。
ゲスト出演みたいなものですが。

老いの限界を感じた秀吉は、4歳の秀頼を元服させます。
一同の目にも明らかな秀吉の老い。
唐沢・利家登場です。

さて、「秀吉亡きあと、天下の流れを左右するのは家康」と千代に語る北政所。
北政所は決して豊臣を見捨てているのではなく、「豊臣が天下を握っていなくてもいいから、存続を」と願っているのです。
だって秀吉と寧々と二人で築いた家ですもの。
寧々さまのところから帰る途中、こんどは大蔵卿局が、

「対馬守のご内儀どの!」


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2006年09月24日

功名が辻「関白切腹」畜生塚について。

さて、本日の「功名が辻」。
私が先週から「アレ」といっていた「アレ」ですが、やりましたね。
ゴールデンタイムのN○Kではあれが限界でしょう。

では「アレ」こと「畜生塚」について書きます。
間違っているところもあるかもしれません。
長い目で見てください。


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功名が辻「関白切腹」

功名が辻「関白切腹」
今日は放映1分まえからTVの前でスタンバっておりました。
ええ、OPの「シャーン!」が成くんか確かめるためです。
成くんでしたね!!
やるな!N○K!!こういうときだけな!!!

一豊、秀次を連れて来い by太閤殿下

とのご命令で一豊、聚楽第に向かいます。
側近ズに斬られるかもしれない覚悟の上です。
千代や他の家臣たちは伏見の屋敷へ。
京は「戦」の噂でもちきりとなっていました。

さて、聚楽第についても一豊はなかなか秀次に会えません。
またしても側近ズの邪魔が入っています。

よくよく考えれば側近ズも主第一の忠義モノだとも言えます。
バカだけど。

さて、側近ズ、刀を抜く始末です。

一豊も命がけで来ています。

そこへ!!!

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2006年09月18日

功名が辻「太閤対関白」

功名が辻「太閤対関白」

あまりの「重さ」に記憶がすっ飛びました。
一日おいたら、余計忘れました。
大変混乱しております。
突っ込みどころがありません。

誤解と悪意の二重奏です。

「お拾」が生まれ、秀次の立場が危うくなりました。
豊臣家、揺らいでおります。
家督争いとは恐ろしいものです。

千代が育てた「拾」も、新右衛門が言うように、いづれ家督争いの種になるわけです。
これは来週の話ですが、このときとった山内家の処置は非常に正しいと思います。

秀次の側近どもは「若く」、秀吉の恐ろしさを知らない世代です。
このとき、前野将右衛門長康が息子・景定に言ったとおりにしていれば、秀次はそれなりの大名として、身を滅ぼすことはなかったでしょう。

また、秀次にも甘えがあったと思います。
武功で身を立てていない、いわば「坊ちゃん」なワケです。
太平の世なら、これで関白は十分務まります。

が。


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2006年09月10日

功名が辻「豊臣の子」

功名が辻「豊臣の子」
え〜最初の10分見逃しました・・・・。
公式サイトで補完してきました。

鶴松が亡くなり、秀吉は悲嘆にくれる。
大名一同、髻を落とし、喪に服す。
夭折に、寧々さまが毒殺したのではないか?と噂がたつ。
茶々さまはそう信じ込んでいる様子。

毒殺ではない。
北政所は秀吉の最大の理解者です。
彼女は賢い女性です。
たとえ感情の上で淀と対立していたとしても、正妻の貫禄と威厳を持っています。
己を貶めるようなマネはしないと思います。
そんな見え透いたことやるワケがないです。




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2006年09月04日

功名が辻「北条攻め」

功名が辻「北条攻め」。
攻めてなかったような・・・・・。

千代が針商人に身をやつした副田甚兵衛を見つけます。
千代は旭に託された手紙を甚兵衛に渡します。
旭は大阪に帰ってきてから床についていたのでした。

旭が帰ってきたのは、おそらく「北野の大茶会」で家康が上洛したとき。
年老いた大政所と一緒に住まわせてやりたい。
というのがたてまえ。
人質の意味がもう無くなったからでしょう。


一豊はもうかかわるな、と千代に言いますが・・・。



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2006年09月03日

遠州懸川五万石。

今日の「功名が辻」
N○Kに見事にスルーされたので、のっけてみました。
公式サイトみたら、これから出てくるシーンがありそうで安心しました。
地元の盛り上がりが、ハンパじゃないので、これでスルーされたらアイタタです。

image/narauyori-2006-05-15T10:42:14-1.jpg

↑掛川城天守閣です。
撮影:管理人 近所の橋の上から。

平成6年に木造建築(総檜)で復元されました。
高知城に似ているらしいですが、本当は、高知城が掛川城に似ているんです。

山内一豊は掛川に城下町を作り上げた人です。


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タグ:功名が辻
posted by くみ at 21:08| 静岡 ☀| Comment(10) | TrackBack(9) | NHK大河「功名が辻」(06年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月27日

功名が辻「聚楽行幸」

功名が辻「聚楽行幸」。

山内家の門前に捨てられていた赤ん坊を育てることにする千代。
千代の拾ったこの子は後に数奇な運命をたどることとなる。byN○K。
ま、どうなるかは知ってますが、一番正しい選択だと思います。
新右衛門は育てるのに反対しますが、赤ん坊を見るとあやさずにはいられないようで。
コメディタッチの山内家は見事です。
新一郎はヨメをもらってたんですね。
また、健康そうなヨメで。

さてさて寧々さまVS茶々さま。
織田の血筋でも、側室のひとりにすぎないという寧々さま。
そりゃそうですよ。
北政所は従一位下。臣下で最も位の高い女性です。
大政所も同じく従一位下。

訂正がございます。
劇団たぬきさまのご指摘です。
北政所、大政所の位は従一位です。
下はつきません。
劇団たぬきさま、ありがとうございました。


それに対して茶々さま、痛烈です。
「上さまのお子を身ごもってこそ豊臣の女〜」
寧々さまの内心はいかばかりか。
「ご立派な決意じゃ」

“こんのぉぉぉぉ!!小娘がぁあああああああっっっ!!!くわっ!!!”

実際のところ、寧々さまが妊娠したことがある、という説もあります。
側室がひとり、子を産んだとも。
どちらにせよ、育たなかったんですね。

大体、その後、茶々ひとりが妊娠するのはおかしいんですが・・・。


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2006年08月21日

功名が辻「母の遺言」

功名が辻「母の遺言」

戦国の兄弟くらべをしていましたが、信長と秀吉をくらべるのはどうか?と思いました。
信長は正室の産んだ織田家嫡男であり、母を同じくした次男信行と跡目争いが起こるのは、まぁわかるわけです。
信長のうつけぶりから、家臣が信行擁立をたくらんだのは事実ですしね。

しかし、秀吉は尾張の農民ですよ。
秀長は兄によって武将となったわけですから、跡目争いなんてないですよ。
功名が辻ではあまりスポットの当たっていない宰相・秀長ですが、なかなか大した人物だったらしいです。
千利休の切腹や、関白秀次の妻妾の刑、などは秀長がいれば起こらなくても済んだことだと言われています。
秀長は大政所より先に亡くなってしまいます。

それにまた山内兄弟をくらべちゃうのは・・・スケールが違いすぎます。

秀吉の九州征伐に出陣できなかった一豊くん。
戦場に出れない不満から、ささいなことで康豊くんとケンカです。

はっきりいってココ、康豊くんの言っていることが正しいワケです。
九州征伐はほとんど済んでいて、あとは島津が降伏すれば終わり。
島津家は、「ここまで戦えるぞ」というところを見せて所領安堵を獲得しておけば、あとは降伏するつもりだったのですから。
「島津家に暗君無し」
と言われるように、なかなか賢いのです。

一豊、康豊の仲を案じた千代は新右衛門に相談。
新右衛門の微妙なボケッぷりはサイコーでした。

で、母・法秀さまに相談しに行くと、法秀さまは病に伏せっていました。
天気の悪い日も、お百度参りをしていたせいでした。

一方、秀次くんのところで近江八幡の街づくりの会議中の一豊くん。
一氏や吉晴が発言するなか、一豊くんは何も言えないわけで・・・。
そんなときナイスアイディアを披露する康豊くん。
なぜ、そこに康豊が同席しているのか??いてもいいのか??

兄弟が駆けつけると、すでに母上は亡くなっていました。
遺言は千代の口伝です。
『山内家が間違った道を歩まぬよう意見を戦わせよ。そして互いに学び合え』
考えが違うのは素晴らしいこと、だと。
そうですね。
考えが違うということは、他の考えも知る、自分の可能性を何倍にもすることができます。
母上、実に先進的な考えの持ち主です。

さすが母上です。
兄弟の性格の違いから、いつかぶつかることを案じていたのですね。
兄弟は泣き、「わしが悪かった許せ」と先に謝るのが一豊くんのいいところです。
この後、兄弟は何事も意見を述べ合うようになるのでしょう。

千代も母上の思い出に泣きます。
それをなぐさめる一豊。

今回は「千代がどこにもでしゃばっていない」稀有な(??)回です。
主人公なんだけど・・・・・。

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2006年08月13日

功名が辻「家康の花嫁」

功名が辻「家康の花嫁」

ずっと、信長の命により、命を落とした家康の長男「信康」と正室「築山殿」の話が出てこない、と思っていたのですよ。
これはスルーされたか!?と思っていたら、例の「話は遡るが」で出た。
このエピソードがなくては、旭は家康にやれないものな。

よねを亡くした千代のもとへ北政所・寧々さまがやってくる。
「見舞い」とか言っているが、内緒事の口実ですね。

涙流しといて、おっそろしーことを告げる寧々さま。
家康に上洛させるため、副田甚兵衛と旭を離縁させ、旭を家康に嫁がせる。
そのために力を貸せ。

こわ!

この話、知ってましたが、

無茶ですねー!!

40過ぎた妹を嫁がせる。
無茶にもほどがあります。

しかし、それだけ秀吉側も必死ってことですね。
余裕ぶっこいてる家康。
恐ろしい存在です。


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2006年08月06日

功名が辻「この世の悲しみ」

今夜の功名が辻。
「この世の悲しみ」
ティッシュが手離せなかったです。
もう、鼻水が・・・風邪ひいてるから(まだ治りません)、じゃなくって涙が・・・。

一豊一家が長浜城に入って4ヶ月。
おませなよねは玉木・康豊叔父上にドキっとしています。

「そろそろ康豊にも嫁をとらせんといかんの〜」

似た台詞を前に聞いたことがありましたね。

「そろそろ新一郎にも嫁を・・・・」
これ、どうなったんでしょうね??

康豊くんはお玉さまを想っているらしいですが、相手は人妻です。
無理です。
や、本人も無理だと承知していると思いますけどね。

さて、一豊くんは秀吉に「家康を説き伏せるよう」に言われます。
織田長益と一緒に。
織田長益って織田有楽斎ですよね。
信長の弟、茶々の叔父。

それにしても一豊くんには無理なお使いですな。

相手は家康です。タヌキです。

無理です。



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2006年07月30日

功名が辻「一城の主」

一豊くんが長浜城主になりましたーーーっ!!!

おめでとうございまーすっexclamation×2

一豊くんはお髭を生やし、千代も打ちかけ姿になりました。
よねはよね姫と呼ばれるようになりました。
画面が華やいでいいですね。

「婚礼の晩の約束を守ってくださいましたね」
二人で見る琵琶湖が美しかったです。

仲良し3人組、吉晴、一氏&一豊くんで秀次の宿老に命じられました。

私は、秀次はそんなにおろかな人ではなかったと思います。
ただ、秀吉は甥の秀次が歯がゆかったのでしょう。

いと&としも長浜にやってきて
「われらの夫がついにやりましたねるんるん
と喜んでましたね。

確かに茶々が子を産んでなければ「万々歳」だったかもしれません。

歴史って不思議です。


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2006年07月23日

功名が辻「家康恐るべし」

「家康恐るべし」

西田敏行氏って何回も「家康」やっているような気がするんですが・・・。
でも「秀吉」も「女太閤記」(わたくし、幼少のみぎり)でやってたな。
というか、何回大河出演してるんでしょうな?

しかしだ、今回、功名が辻の「秀吉」と「家康」はほんとに

猿と狸。ばっちし!!。

それはそうと、先日、感動創造さまがステキな情報を送ってくださいました。

前田利家は

唐沢寿明!!!

やるじゃねーかっ!N○K!!!

えと「家康恐るべし」ね。


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2006年07月16日

功名が辻「出世脱落」

さてさて、今夜の功名が辻は??

出世脱落」・・・・。

「出世脱落」・・・・。

「出世脱落」・・・・。

なんか嫌な響き・・・。

いままで、人柄と腕だけで出世してきた一豊くんに試練です。
一豊くん40歳だって!!
じゃ千代は28歳かな??

柴田勝家を倒し、織田の後継者の地位を手に入れた秀吉。
論功行賞で、新世代は三千石に加増。
仲のよかった中村“ロンブー”一氏と堀尾“いい人”吉晴は大名に。
でも一豊くんは三百石増えただけ。
三成は三千石を不服としながらも知恵をつかう。

秀吉としては加増による家臣たちの反応を試していたのだが、一豊くんにそんこと

わかるわけないしーーー!

で、ふてくされる。
ふてくされて登城も怠る始末。

今、思った。加増が少なくても逃げそうにないヤツは少なく。
加増が少ないと文句タラタラ、謀反とかいいだしそうなヤツが多い、とか??

困った困った。
ああいう態度されると、誰でもどう接していいのかわからないですよね。
現代だってそう。

っつかうっとおしいたらーっ(汗)たらーっ(汗)たらーっ(汗)
このままでは娘に馬鹿にされますよ。

一方清洲のお茶々さま。どうやら妹君たちは秀吉のところにいるらしいですね。
三成を、あの三成を、からかっておいでです。
恐ろしい。

「そちがこの手を温めよ」

こわいですねー。

しかも知恵も回りそうだ。

茶々は三成を利用しようとしているのだと思いますが、それでなんで側室に??

子ども産んで、権力を手に入れ、やりたい放題。

になるのですが、それがある意味復讐でしょうか?
彼女のせいで豊家は途絶えるようなものですから。

さてさて一豊くんは母上に叱られて、ようやくもとに戻りました。

ま、彼もたまには愚痴愚痴したくなるんでしょうね。

だって、来週は小牧長久手の戦い。

その後は長浜城主ですよ。

案外不遇の時代は短いんでは?
遅い出世だけど、やっぱ戦国時代。

生き残るのが勝ち!
ですよ。

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2006年07月10日

功名が辻「落城の母娘」

遅ればせながら、今、見終わりました。

功名が辻「落城の母娘」。

もしかして、今回の"裏"テーマは

女子の幸せか?

と思いました。

ちょっと遠い目をしていしまう、3X歳と25日目のわたくし・・・。ふっ。

吉兵衛を亡くし、悲しみに沈む山内家の面々。
たきは「思い出が多すぎる」と屋敷を去ります。
「わたくしは女子の幸せを知りました」と。
たきは自害してしまうのですが・・・。

一方、一豊くんは・・・・。

 
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2006年07月02日

功名が辻「功名の旗」

功名が辻「功名の旗」。
別名:五籐吉兵衛ワンマンショー。

最近の功名が辻は、一話の中に感情の浮き沈みが激しく描かれていて、ついていくのが大変です。

今日までひっぱった吉兵衛とたきのエピソード。
戦から戻ったら迎えにくると告げる吉兵衛。
ここらへんのBGMは〜SAY YES〜♪

秀吉家臣の間には「ここが正念場!!」という雰囲気に満ちています。
一氏・淳が一番冷静。
中村一氏は一豊より出世しますからね。
堀尾さんちは奥様がちくりちくりと。
あそこの家、子ども増えていましたね。

そんななか家臣の恋バナに関心が集まっている山内家。
これから出世遅れる予想バシバシです。

伊勢、亀山攻めには金(吉兵衛)・吟(新右衛門)そろって参加。
凡ミスかます山内勢。

秀吉は一豊を叱りますが、この叱り方

子どもに言い聞かせるみたいな言い方!!

じゃありませんか?

幼稚園児扱いか!?一豊!!!

黒田さんも「山内殿はほめて使うタイプ」だと言ってましたが。

シュンとした一豊くん。←ほんとにシュンとしてるし。
今度は吉兵衛の説教です。
しかも最後の説教。

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2006年06月25日

功名が辻「吉兵衛の恋」

今日ほど吉兵衛が金八に見えた日はなかった!!!

え〜功名が辻「吉兵衛の恋」。

お市さまが柴田勝家さんとご祝言。
北ノ庄城に入城。
完っ全っに勝家を焚きつけてますな、お市様。
勝家、大変だな。

秀吉さんはあんなことやこんなことを想像。
想像したくないよ。

山内家では吉兵衛が新人教育。
すいません、これは「わざと」でしょうか?N○Kさん。
金八だよ・・・吉兵衛・・・。
後ろに黒板が見えた・・・。

五籐吉兵衛58歳の恋。
オタオタする演技はさすがですな。鉄矢。

ほのぼのしてて良かったんですが、



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2006年06月19日

功名が辻「蝶の夢」

さてさて、昨夜の功名が辻「蝶の夢」

本能寺で費用を使いすぎたのかっ!?N○K!!!

せめて、山崎の合戦場面は入れて欲しかったです。
人馬入り乱れるところを!!
実際、あっという間に決着はついたらしいですけどね。

このとき、すでに明智光秀には謀反人の烙印が押され、かたや秀吉には
「主君の敵を討つ」
という大義名分があった。

「明智光秀は土民に討たれた」説は有力であり、山内一豊が首級をあげたなんて史実はどこにもないので、ああいう絡ませかたしかできなかったんでしょう。

「そなたは生き延びよ。生きて乱世の末を見届けられよ」

これ、「功名が辻」のテーマであると思います。
光秀さんに合掌。

ついでに、明智一族の最期も入れて欲しかったです。
坂本城が焼け落ちるシーンぐらいは。
謀反人の烙印を押されようと、武士の意地を貫いた一族の最期ぐらい入れてくれよ。

さてさて細川家に嫁いだお玉様。


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2006年06月11日

功名が辻「本能寺」

ついに、ついにこの日がやってまいりました。
功名が辻「本能寺」です。

待ち遠しくもあり、また残念でもあり・・・。

ついに言ってしまいました。
明智さん。
「敵は本能寺にあり」
京は水色の桔梗旗で埋め尽くされました。

手勢百あまりを連れてご機嫌でご宿泊だった信長様。
ご夫婦、ご寝所をともにしていらっしゃる。ををっ!
明智日向守の謀反に
「是非におよばず」
まったく光秀を疑ってなかったんですね。

このとき濃姫を伴っていたか、それは不明ですが、やっぱり一緒にいたほうがいいですね。

鉄砲戦だと聞いていて、違和感を感じていたのですが、気になりませんでした。

刀を振るうお濃様、かっこよく、美しかったです。

「あの世で会おうと申しましても、殿は地獄、わたくしは極楽。これでは死に別れにございます。」

しびれた・・・。

流石。蝮の娘です。

打たれた信長様とお濃様のやり取りもせつなく・・・。

「夢幻の如くなり」

戦国の風雲児、信長は炎に消えたのでした。

信長の首は見つからず、光秀は謀反人の烙印を押される。
歴史に名が残っても、扱いは大きな違い。

やはり、光秀は歴史の波に負けたのだと思います。


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2006年06月04日

功名が辻「光秀転落」

今日の功名が辻、「光秀転落」・・・。
転落・・・不眠症で???

失礼。
でもそうとしか思えなかったです。

今日のボス(舘)も目がギラギラ。
あんな目で睨まれたら誰でも不眠症にナリマスヨ。

えー、
明智さん不眠症。
秀吉、水攻め真っ最中。
えっギャグ?
一豊くんと千代ラブラブハートたち(複数ハート)
最後にお前か!?六平太!?
主人公誰だっけ?
ってとこでしょうか?

あ、そうそう「本能寺の変」は1582年。
もう絶対忘れません。


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2006年05月28日

功名が辻「開運の馬」

いよいよ「功名が辻」の有名エピソード、『お馬様』の出番がやってまいりました!

今日は2組の夫婦の相違が浮き彫りに。

臥せっている濃姫のところにやってくる信長様。
ちゃんと心配してるんですね。
しかし、またアレだ。

怖いよ。

上様は、刺されても死なないそうです。
ほんとに刺してみればよかったのに。
舘・信長はどうして、あんなに目がギョロっとできるんでしょうか?

そんなわけで濃姫、家出(いや城出?)。

かたや安土城下でデートの一豊くんと千代。
結婚13年だそうです。
まだ新婚みたいです。
馬市に行ってしまった一豊くんにむくれる千代。
ほんとに新婚みたいです。

一豊くんは『お馬様』にフォーリンラブです。
千代、十両を使う決心をします。

坂三津・光秀さんと濃姫、密会。

安土城下をさまよっている(迷子かと思いました)濃姫様と長浜帰りの千代が出会いました。

ありえないけど、こうきたか!!


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2006年05月21日

功名が辻「迷うが人」

今日の功名が辻、相変わらず舘・信長は怖かったです。
黒田官兵衛の息子、松寿丸の処刑を命じられた秀吉。
松寿丸を預かっているのは一豊くんの家。
イヤ、そんなできすぎな・・・。
千代と六兵太とで松寿丸を隠してましたが、そのことを秀吉に告げると、「消せ」と「殺せ」は違うと・・・なるほど。
上川さんは『一豊の大根役者ぶり』もお上手です。
吉兵衛は相変わらず金八ですね。

黒田さんは救いだされ、一豊が松寿丸は生きているというと、


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2006年05月14日

功名が辻「天魔信長」

いつも「功名が辻」を見てて思います。
舘・信長はハイセンスだな・・・と。
斬新な衣装ですよね。
安土城天守閣内部もまたハイセンス。
あんなところでくらしたら情緒不安定になりそうですね。
ま、あの時期の信長は「石を拝め」とか言ってますんで。

それにしても一豊くん・・・影薄すぎ。
今日は千代も出番少なく。

明智さん家のお嬢さんと細川さんちの息子さん結婚。
安土城完成。
荒木・ベンガル・村重謀反。
半兵衛様死す。

えーと、一応歴史好きなので黒田さんがどうなっているかは知ってます。
ネタバレ?


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2006年05月07日

功名が辻「秀吉謀反」

今日の功名が辻。
タイトル違うじゃーん、と思ってしまったのでした。
前回、勝手に戦線離脱して舘・信長の逆鱗に触れた秀吉。
「猿め、そっ首刎ねてやるわっ」くわっっ!!!
謀反の疑いをかけられて謹慎。
疑いをはらすため大宴会。
えーと、疑いがはれるまでで15分くらいでしたね。

松永弾正久秀謀反。
一豊くん大失敗。
秀吉に叱られる。
そんな一豊くんには千代がいる。
秀吉、中国攻めを命じられる。
濃姫と光秀、ちょっと怪しい。
それを見ていたお市様が怖わ。
さすがの秀吉も中国攻めは難儀なよう。
最後に六平太。

今回私、

そりゃ、ねーだろ!!

と思ってしまいました。

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2006年05月01日

功名が辻「新しきいのち」

 今年の大河、いまいち評判がいいのか悪いのかわかりませんが、私は欠かさず見てます。
 とりあえず母も、母の実家の祖母も見てます。
 昨年、祖母に
「来年の大河は『功名が辻』だよ」
 と言ったら
「地味だから見ない」
 なんて言ってましたが、今じゃ毎週楽しみにしているようです。
 この前なんて、上川隆也氏と仲間由紀江さんが、本当にくっつけばいいなんて言ってました。

 今週は『新しきいのち』
 一豊と千代の間に女児誕生。
 旭再婚。
 勝家VS秀吉、勃発。
 舘、激怒。

 いつも思うんですが、毎週毎週エピソード詰め込みすぎですね。
 でもいいや、面白いから。

 いきなり千代のお腹が大きくなっててびっくりしましたが、一豊くんもびっくりしてましたね。
 結婚八年目にしてやっとお子様誕生。
 おめでたいことなのですが・・・。
 この子の将来を考えると・・・つらいなぁ・・・。

 旭の再婚も、相手に恵まれ(野口五郎にはおどろいた)、うまくいきそうですが、やっぱり将来を考えると・・・。

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