2007年08月21日

“武田家滅亡”

伊東潤著「武田家滅亡」です。

「長篠の戦い」での敗戦以降、わずか七年で滅びた、戦国最強軍団。

巨大になりすぎた「武田」が急降下していく様を描いた、小説です。

ってタイトルそのままです。



武田家滅亡といえば「長篠の戦い」での敗戦、と思いがちですが、この小説では、それ以外の「理由」に焦点を当てています。

たしかに武田勝頼は「長篠の戦い」で一万五千の兵と信玄以来の「宿老」たちのほとんどを失いました。

しかし、信州に入れば海津の高坂弾正だけでも八千の兵を持っていたと言います。

どこまで巨大なんだ!武田家!!

巨大になりすぎた武田家は内部から崩壊した。跡形もなく。

「理由」はひとつだけではありません。

いくつもの複雑な要因が絡み合っています。

そんなわけでこの本、読むのに時間がかかりました。

信玄が後にとった、今川との同盟の破棄。

これにより、嫡男太郎義信と信玄との間に確執が生じた、というのは有名です。

武田家の軍資金は「金山」によって調達されていた。
海をもたない武田は貿易で軍資金を調達できない。

しかし、信玄の生存時(晩年)から甲斐の「金山」の枯渇が深刻化していた。

ゆえに信玄は義信を廃嫡してまで、今川領の梅ヶ島、富士などの「金山」を欲した。

しかし、義信を自害に追い込んでまで、手に入れた今川領の「金山」も十年経たずに枯渇した。

勝頼は、親今川路線を貫こうとした義信に同情的だった「宿老」たちと政治的に相反する立場になってしまった。

親族たちは諏訪御寮人と信玄との間に生まれた勝頼が跡目を継ぐことを良し、としていなかった。
例:穴山信君(梅雪)の母は信玄の姉だったため勝頼の従兄である。その信君の妻(見性院)は信玄の娘(母・三条夫人)。
つまり、信君と見性院との間に生まれた子のほうが、武田の血は濃い。


門閥派(長坂釣閑)は勝頼側につき、信玄の理念を護ろうとしていた信玄股肱の「宿老」(高坂弾正、など)たちと対立していた。

甲相一体のために勝頼の継室に、北条氏政の妹を迎えたが、上杉家で謙信が死亡し跡目争いが勃発したときに、氏政の弟・三郎景虎を、勝頼は押さなかった。
どうも「金」が原因らしい。
←個人的には、どう考えても普通、跡目は、北条家からの養子である三郎景虎よりも、長尾政景と仙桃院(謙信姉)の息子・喜平次景勝のほうがふさわしい、と思うのだが、ガっくんが(違!!)何を考えていたかはわからない。
当時では画期的な実力主義ってことか??
ま、どっちにせよ三郎景虎が敗れないと『炎の蜃○楼』という大作はこの世に生まれなんだ。←意味のわからん方はスルー。


勝頼は、父信玄が落とせなかった「高天神城」を自分が落としたことに固執しすぎ、自落撤退の時期を誤った。

しかも高天神城の維持には莫大な金がかかった。

また、「高天神」を見捨てたことにより駿河先方衆の心が離反に傾き、徳川との均衡が破れた。


もう、いろいろありすぎます。

物語は北条の姫「桂姫」が勝頼に輿入れするところからはじまります。

実はこの小説、主人公が誰なのかはっきりしないのです。

高天神で城を護っていた、伊奈の地侍・宮下帯刀、のような気もするし、高坂弾正を師と仰いだ小宮山内膳のような気もします。

もちろん、勝頼と最後まで離れなかった、「小田原御前・桂姫」のような気もしますし。

あ、そうそう、小山田信茂の謀反は実は信茂のあずかり知らんところで起きていた、となっています。悲劇です。

巨大になりすぎたゆえの悲劇。

それが「滅亡」なのですね。

武田もそうですが、北条も今川も滅び、今年の大河の舞台となった家では結局残るのは上杉だけですな~。



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posted by くみ at 23:39| 静岡 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 読書(文芸・評論) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
信玄の正式な跡目は勝頼の嫡男の信勝で、
勝頼は後見役にすぎなかった為に、老臣達もイマイチ
言う事を聞かなかった。
って話も聞いたことがあります。
武田家代々の「信」の字が無いってのも、軽んじられた一因とか。
初めは諏訪の後継ぎだったんでいいとしても、
太郎の死後、勝頼を後継ぎにするなら改名してやれば
よかったのに・・・とも思います。

やはり、家臣をまとめ、さらに当主にも意見を言えるNO.2、
信繁を失ったのが痛かったですね。
信玄死後も、信繁が生きていれば随分違っていたと思います。

がっくんは、上杉家を継ぐものと、関東管領を継ぐもの、
って感じで分けて考えていたのかな~なんて。
景虎には関東管領を継がせて、景勝には上洛後、
自分の跡を継がせて将軍の補佐を、とか。
Posted by 元康 at 2007年08月22日 19:22
>元康さん

この本にも勝頼はあくまでも信勝が16歳になるまでの中継ぎにすぎなかった、と書いてありました。

勝頼には「官位」もないんですよね。
織田の妨害らしいですけど。

信玄が、ギリギリまで跡目は「義信」だとしていたことがよっくわかりました。

信玄にしろ、謙信にしろ、突然死んで後が乱れた感じですよね。
いや、それをいえば、義元も信長も!!

武士たるもの、いつ死んでもいいように、先の先まで考えないといかんっ!てことですね~。

金山の枯渇とか読んでいて苦しくなる描写でした。





Posted by くみ at 2007年08月22日 19:40
なんで勝頼が武田家の跡継ぎになったのか・・疑問だったけど、このブログ読んで、そっか!!なんて思いました。
また本も読んでみますね。

>金山の枯渇
これは武田家だけではありません。
merry家も同じです(笑)
Posted by merry at 2007年08月23日 14:26
>merryさん

>金山の枯渇

これは我が家もですようっ!!

でも武田家の場合、ちょっとかわいそうになるほどの描写なんですよ・・・。

勝っても勝ってもお金がかかる、みたいな。

フグ、生きている間にもちっと考えてやっておいて欲しかったです。
Posted by くみ at 2007年08月23日 14:47
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