2006年12月28日

功名が辻「永遠の夫婦」

功名が辻「永遠の夫婦」

なんでこんなに遅れたんだ!!って入院してたからだよ!!
今更記事にすることもないのですが、やっぱり最終回まで書きたいですね~。

前回、天守閣でいかにもヤバそうな倒れ方をした一豊くん。
くも膜下とか卒中ですよね。
半身不随となるってことは、くも膜下出血でしょうかね。
リハビリの必要性をとく祖父江家次男。
京の曲直瀬家で修行したと。→いまで言うところ、東大医学部ぐらいか?
曲直瀬道三は医聖と呼ばれたほどの人。
その子、玄朔も当時日本一の医師と呼ばれた。

祖父江家次男が「一豊の病は完治しない」とはっきり言い切ったことで、徳川との関係をさらに近づける康豊。
山内家重臣ズは処世の術もすぐれてきたようです。

一豊くんは千代の介護のおかげで庭で歩けるまでになりました。



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堀尾氏もお見舞いに来ます。厄介ごとと、ともに。

厄介ごと。一氏・淳の息子ん家でお家騒動勃発!!
大名家はやっぱ跡目相続が大事ですね!!

それにしても山内家の身の処し方が光りますね。

その後の一豊くんは、千姫と秀頼の婚儀の警備やら、駿府城築城の普請やら何かと病身を押して参加。

千姫と秀頼の婚儀で戦が無くなるやも、という千代に豊臣VS徳川を匂わす高台院。

家康の養女・阿姫と跡目・忠義の婚儀決定!
阿姫の父、松平定勝は家康の異父弟。
一豊のあと、掛川城に入った人です。縁がありますね。


ここで家康が「まだやらねばならぬことがある」
これで、一豊は徳川VS豊臣の戦を感じ取るのですから、

まったくたいしたもんです。
人間って一生成長できるんだ!!や、まじで!!


そんでもって二代将軍秀忠が登場しますが、中村梅雀なんで、もう思いつくのはアノ大河・・・。

一豊は家臣たちのまえで忠義と阿姫の婚儀と、己の亡き後の山内家の進むべき道を伝えます。

豊臣と一切縁を切る。

で、倒れます。

一話から一年通じて見てきた人物が亡くなるのを見るのは、やはり辛いですね。

もう一豊も最期を迎えつつある。
部屋には千代と二人だけ。

「千代と出会わなかったらわしの人生は~」

ここらへん、私、だだ泣き。

「まだまだ、わたくしたちは日の本一の幸せな夫婦になるのでございますよ」

「千代のどが渇いた」
「はい」

一豊に口移しで水を飲ませようとした千代。
唇が触れたとき、夫の死がわかったのでしょう。

千代が一晩添い寝していたのは、やはり「究極の愛」でしょうか?
朝が来ても一豊は動かず・・・。
ここで悲しみがおしよせる千代。

美しいシーンでした。

千代は出家し、京で暮らすことになります。
ここ、原作だと「山内家はすでに一豊と自分のものではなく、忠義のものだと感じた」等と書かれてましたが、これは大河のほうが正しいと思います。

京にあり、世の情勢を土佐に伝えるため。

高台院の側近くでより続かな情報を得ようとしていたはずです。

家康はアノ手コノ手をつかい豊臣の財政を圧迫しようとします。

秀頼と家康の対面に千代が活躍していますが、まあ長い目で見ておきましょう。
本当に苦労したのは片桐且元である、と思っております。

ま、この対面。
家康は臣下の礼をとらなければ即豊臣をつぶすつもりだったのでしょう。
しかし秀頼はやってきた。思ったより立派な様子。
しかも若い。
その若さを家康は恐れた。

うーん、これで豊臣を滅ぼすことを決意した。
となってますが、実際は大坂から大和郡山へ移封させようと思ったり、江戸近くに移封させようとしたらしい。
完全に一大名として神妙としていれば滅ぼさないつもりだったのかもしれません。


死の間際まで天下に固執、秀頼の死を乱すことのないようにとの配慮でしょうか?
淀殿を大野治長が刺します。
これ、ありえるような・・・。
最期まで徳川を困らせた淀が最期まであがいた、ほうが事実っぽいですね。

炎上する大坂城。

高台院の

「女と男が手を携え世をひらくのはこれで終りやもしれぬ」

これはまったくその通り。
世が安定し封建社会が成立するにつれ、女が社会から姿を消しました。

あ~あ。今の社会も同じさね。男が作った社会は女には住みにくい。働きにくい。女は家にいろ!!といわんばかりのコノ社会。少子化なんてあったりまえだっつーの!

さて世のすべてを見終えたと、千代は旅にでます。

二人がはじめてであった河原。
ああ、ここがすべてのはじまりでした。

そして、若い千代の前に若い姿の一豊が。
一豊が千代を向かえに来たんですね。


さて、私が『功名が辻』の記事を書き出したのは、5月です。
4月にPCを買い、わりとすぐにブログを始めました。

『功名が辻』というドラマが・元と縁があったため書き出したのです。
しかし、もてるだけの戦国知識を吐き出したかったというのもあります。
それについては、我が記事、悔いなし。かなり省いたけど。

この「功名が辻」の記事を通じてたくさんの方々と交流できました。
また読者さまも増えました。
ドラマ「功名が辻」と皆さまに感謝いたします。



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ラベル:ドラマ 功名が辻
この記事へのコメント
病あがりにもかかわらず、熱心な記事投稿・・お疲れ様でした。
なるほど・・そうだ・・そうだ・・と思いながら一気に読ませていただきました。
勿論ランキングにも一票投じました。
確認したら、「ランキングUP」の印が付いてましたよ。
Posted by merry at 2006年12月28日 14:35
merry さん

ありがとうございます。
ええ、ヒマ人ですので。
今年の記事は今年のうちに。
クリックもありがとうございます。
Posted by くみ at 2006年12月28日 19:43
こんばんは。
緊急入院とあったので、どうしたのかと心配していました。腸閉塞だったなんて、驚きです。大変な目に遭ってしまいましたね。でも、年内退院で、本当に良かったと思いました。

「功名が辻」の最終回は本当に良かったですね。私もうるうるしながら見ていました。

長い間、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願い致します。
Posted by kiriy at 2006年12月29日 02:05
kiriyさん

ありがとうございます。
私もタイムリーに「辻」について皆さんと語りたかったですよ~。

来年の『風林火山』はたぶん見ないと思いますが、大河で知り合った方々のブログにはちょこちょこお邪魔するつもりです。

これからもよろしくお願いします。
Posted by くみ at 2006年12月29日 11:41
あれ~、いつの間にか記事が!
大丈夫なのですか?
無理しないでくださいね!

先日、金八先生の解説付き総集編を
見ました。学校の歴史の授業もあんな
風だったら面白かっただろうに。
Posted by しずか at 2006年12月29日 16:18
しずかさん

気分は競走馬です。
年末までにアレとコレと・・・などと消化。
目標まであと2記事です。
今から総集編の記事を書きます。
Posted by くみ at 2006年12月29日 17:28
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