・・・・・・・・・。
千代は撃たれてなかった・・・。
鉄砲の弾も避けて通る女。
一領具足の反抗はなかなか治まりません。
だんだんと事態は泥沼化へ。
最近の千代は一豊のやり方に不満あり。
さて、「築城の許しをこう」と言う名目で家康に対面した一豊。
ものすごいプレッシャーをかけられます。
「土佐が治まりしだい江戸へ戻ろうと思うておる〜〜〜
急ぐのじゃ」 by 家康
「ははっ」 by 一豊←ここ、「ははっ」というしかないだろう。
お前がしっかりせんから、俺は江戸へ戻れない。
なんて言われて!!
井伊直政がまだピンピンしてる・・・・。
あれ??アンタ、もうじき亡くなるはずよ。
というわけで、六平太から「例の案」が出されます。
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「これ以上無策を続けていれば死人はもっと増えまする」 by 六平太
徳川家康は「戦」が長引くのをひどく嫌った、という話を思い出しました。
長引けば長引くほど、犠牲が多く出るからです。
ここで一豊が言った言葉が印象的でした。
「人には言の葉というものがある〜〜〜
子々孫々必ず山内家に復讐を〜〜〜」
うん。
本当にそうなった。
高知で山内の評判がものすごく悪いのもわかった。
そして、種崎浜の悲劇・・・・。
「功名が辻」で一番残酷なシーンだ。
卑怯だ。確かに卑怯な手だ。認める。
確かに一豊には「太守」の器はなかったかもしれない。
でも、私は一豊を責めたくない。
嫌いにもなれない。
新一郎の死。
「殿のお顔を 殿のお声を聞きたい 殿を 殿 殿・・・・・」
一豊の後ろで、顔芸する新一郎が好きだった。
若いときからずっと一豊と一緒にいた新一郎。
まだまだ「殿」と一緒にいたかった新一郎。
そして六平太。
「死ぬときだけはお前の腕のなかだと決めていた〜〜〜
お前のために〜〜」
太平の世→徳川の世→土佐の平定→山内家のため→一豊のため→千代のため。
六平太の言葉を聞いたなら、ここで千代は一豊を責めてはいけない、と思います。
六平太や新一郎、そして、死んでいったすべてのものたちのために。
凡人であるがゆえ、愚かな選択をした、一豊のために。
しかし、千代は
「お暇をいただきとうございます」
それはないよ・・・・。
というか腹が立った。
私、原作バージョンでやって欲しかったです。←原作のほうが賢いし。
千代は「山内家の奥方」です。
「山内家の人間」です。
何が何でも、山内家は土佐を治めていかなければならないのです!!
いやーーーーーー!!一豊くんが倒れた!!
やっぱストレス・・・・??
次回、功名が辻「熟年離婚」
失礼。
次回、功名が辻「功名の果て」
太平の世に犠牲。
大阪夏の陣以降、江戸幕府250年。
国内で戦は起こりませんでした。
が、その後200年以上を経て、因縁を残した島津の薩摩、毛利の長州、そして土佐から倒幕の動きは起こる。
まさに因果はめぐる。
今、私たちが生きている「世のなか」が、そうして存在するのだと「歴史の不思議さ」を感じます。
今、私たちの生きている社会で起こっていることが、後の世にどう影響を与えるのでしょうか?
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【NHK大河「功名が辻」(06年限定)の最新記事】





一豊が土佐を治める器ではなかった、というのは原作でも千代が
言ってましたね。でももし一豊に土佐をさっさと平定できる才覚が
あったら、家康は危機感を覚えて無理矢理山内家を取り潰してたかも?
>後の世にどう影響を与えるのでしょうか?
ほんとそうですね〜。数百年先には世界の勢力地図が逆転してたりして。
今回の一豊の決断は、やっぱり酷い話だと思うのですが、私もなんか一豊をせめる気にならず、むしろ非情な決断をせざるを得なかった点で同情してしまいます。
一豊が一番辛いときに、千代が何で支えてあげないかはよく分かりませんね。
一豊の良さは誠実、実直なところ。
でもそういうのって時間をかけないと中々伝わりませんよね?
国主主催の相撲大会で人が集まるところを見ると完全に嫌われているとは思えません。(史実かどうか知りませんが。)
そこに和解の可能性があると思うんですよ!
なのに家康がプレッシャーかけるから…
凡人である一豊にあえて「土佐」を与えた家康。
おそろしいほど計算力だと思いました。
長宗我部の残党を一掃せよ、というのは徳川から言われたことでないか、と思うのです。
それにしても、このときの出来事が200年以上たってから影響するって、ゾっとしました。
スペードのAさま
私も一年間、一豊を見てきて、どうしても
同情してしまうのです。
30年以上連れ添った千代がいまごろになって愛想つかすなんて、???となってしまいます。
一豊の苦悩を察してあげることができないのでしょうか?
ショウさん
私は「家康」に時間がなかったからだと思います。
家康ももういい年で、いつ逝っちゃってもおかしくない。
その前に幕府を開きたい。
長宗我部の残党の一掃は「家康の命」だと思います。
私は、長宗我部氏が東軍についていたとしても「国替え」はあった、と思います。
てれすどん2号さま
まわるまわるよ因果はまわる、です。
明治維新がなければ、私たちの「今」の生活はなかったでしょう。
このときの島津、毛利がかなり減封され、幕府の外様大名いじめがなかったら「維新」は起こらなかったかも??
結局、不必要な歴史はないのかもしれません。
いろいろ考えてしまいます。
一豊の辛い決断をどうして千代が理解してくれなかったのかそこが残念ですね。
千代の言うとおりの太陽政策を行ったら一豊は領主として受け入れられたでしょうか?家康のせっつきも酷かったですし、どっちに転んでも一豊は気の毒でした。
コメントありがとうございます!
あの決断は凡人には辛いですよね。
30年以上一緒にいて、「熟年離婚」とか言い出して、現代ならともかく、あの時代にそんなの有りかよ!?と出ていた涙がすっこみました。
舘や柄本ならともかく・・・。
お濃さまや寧々さまなんて一豊の1000倍くらいむごい旦那に一生ついていくと決めたくらいなのに・・・(いろいろあったけど)。
私は「一領具足」に対し、あわれみをかけたら、家康からいちゃもんつけられた、と思います。
ないところに火をつけることもできますよ、西田・家康は。
いつもありがとうございます。
私も千代が一豊を責めるのはおかしな話だなぁとみてました。
当たり前ですよね。
これじゃあ、おっしゃるように年金分割して熟年離婚ですね(笑)
一豊も若い後妻もらって、子供作ってたら、歴史がかわっていたかも・・ですね。
千代は冷静になって一豊を支えるべきですよね。そうでなければ六平太は可愛そう過ぎます。
最終回が近づいてきたのに夫婦の仲が危機って。これからどうまとめていくのでしょう。
コメントありがとうございます。
>若い後妻
いい案かもしれません、が、そこに気がつかないのが残念ながら一豊ですね。
それにしても千代、新一郎を亡くした新右衛門に一言もない。
ちょっとボケてきたんでしょうか??
しずかさん
ありがとうございます。
まったく最終回近くになって「離婚」なんて言い出すなんて思っていませんでした。
原作にもなかったので。
これで次回、最初の15分で仲直りしたらどうしましょ?
どなたかへのコメントでくみさんが仰ってた「結局、不必要な歴史はないのかもしれません」
この言葉は深いですね。感服しましたよ。。
やはり、「歴史の法則」みたいなのがあるんだと思うんです。「自然の法則」みたいな。晴れの日ばかりじゃなくて雨とか嵐とか。。そういったもんがバランスをとってるんだと思います。
前回と今回を通じて「歴史」を現代のスタンダードで断定してはいけないってことを改めて痛感しましたよ。。
ありがとうございます!!
えと『信長の棺』を読んで、
「秀吉!貴様ー!!」
と思ったのですが、『秀吉の枷』を読んだら、秀吉の行動にも納得してしまい、歴史って片側から見てはいけないものだ、と思ったところだったのです。
人間にポジとネガな部分があるように、歴史にもダークな部分があって、そこから目を背けてはいけないし、なんらかの意味があるのだと思います。
とか言っていて次回、最初の15分でアノ夫婦が仲直りしたら、またぶつぶつ文句をいいそうな私です。