2006年11月18日

“内親王ものがたり”

私は「皇室典範」の改正についての自分の考え、をブログに書こうとは思っていません。
念のため。
ちなみに現在の皇室典範では「皇子・天孫を親王・内親王とする」と定められています。

この本を読んだのは「歴史もの」を読んでいるときに登場する「内親王」の立場、世間からの扱いを知りたかったからです。

「源氏物語」によく出てくる『内親王は未婚が通例』とは、どうしてなのか??
最初の疑問はこれでした。

内親王ものがたり
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最高貴な女性「内親王」は生まれたときから国家と政治に関連づけられる大きな使命を背負っている。
すべては自分の幼い頃に決められ、そこに自分の意思はない。
受身ながらも気高く精一杯生きた内親王たちを紹介しながらも、歴史にうずもれ名前も知られていない内親王方にも敬意をこめて書かれた本です。

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この本に紹介されている内親王の多くは平安時代の方々です。

で、この本で紹介されている「伊勢斎宮・恬子内親王」。
在原業平との恋で有名な方です。
私はこのことを『伊勢物語』のなかだけのことだと思っていました。
どうやら本当らしいです。
しかも恬子内親王は業平の子を産んでいる。
伊勢神宮に仕える斎宮が!!
平安時代とは建前は建前、公然の秘密は知らぬこととして通し、事実は歌のなかに読み込まれる、という社会システムがあったらしいです。
かくして恬子内親王の名誉は保たれた。

うーん・・・そのわりに源俊房と結婚した「後朱雀帝皇女・後朱雀朝斎院・娟子内親王」は「狂斎院」と呼ばれてしまったり・・・。

人目についてはいけない、ということでしょうか??

内親王としての婚姻相手は皇族が望ましい。
しかし奈良・平安時代は藤原政権下。
藤原氏が多くの娘を後宮にいれた時代。
歴代天皇の正后(皇后・中宮)になられた内親王はなんと10人しかいない。

難しい立場です。

さてこの本の最後に紹介されている方は、おそらく歴史上一番有名な内親王。
「和宮親子内親王」です。
幕末、公武合体を示すため、将軍家茂に降嫁した「悲劇の皇女」として有名です。
私なんかは和宮の役は安達祐美ちゃんしかいない!と思っています。
それはおいといて、
家茂との仲は良好だったらしいです。
家茂は彼女のもとに通うたびに「金魚」「かんざし」などのお土産を持参、宮も家茂の乗馬を見学したりしています。
あの大奥で、お付の女官と大奥女中の追突やらいろいろあったでしょうに。
家茂の時代は「尊王譲位、討幕」の動きが激しくなった時代で、家茂も何度も上洛しています。
そのたびに宮はお百度参りをしたそうです。
家茂が京で亡くなったのは慶応二年、21歳の若さでした。
4年半ほどの短い結婚生活でした。

空蝉の唐織ごろも 何かせむ 綾も錦も きみありてこそ

家茂が和宮のためにお土産として用意した西陣織を見て、読んだ歌です。

その後彼女は将軍・慶喜のために朝廷への謝罪をとりなしています。
官軍の先鋒にも何度も使いをだし、江戸城総攻撃を回避へと導きました。

わずか23歳の彼女が陰ながらなしとげたこと。
それは古代から近代までの「内親王」のお役目の集大成だと筆者は述べています。

そして現在いらっしゃる3人の内親王さまがたのことをこう述べています。

内親王という御身分にかかる言うに言われぬ重圧をお察しして、無責任に興味本位でさわぎ立てず、敬意と親愛をこめたさりげない態度で、どなたも皆器に応じ、御自身の望まれる人生をのびのびとお送りになれるよう、心づかいをしていただきたいと存知ます。


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