2006年08月14日

真実はどこにある?“月を吐く”

先日「功名が辻」の得意技「話は遡るが」で、徳川家康の長男信康と正室築山御前の名前が出ましたね。

信康と築山御前は「武田」への内通が原因で命を失った、という説が多いのですが、まだまだ謎も多いのです。

信康については、出来が良すぎるため、後に織田にとって脅威になるのだろう、と信長が思い、切腹させた、ともいいます。

信康の妻徳姫(信長の長女)が父へ愚痴を書いたのがそもそもの原因とも言われていますが、信長ほどのものが娘の愚痴でそんなこと思い立つとも思えませんし。

それに女性なら幽閉という手もあるのですが、結局家康の家臣が討ったことになっているのです。

「築山御前」は悪妻だった、という説もあやしい。

たぶん、そんなに仲は良くなかったかもしれないけど。

で、タイムリーな本がコレです↓。

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昔も今も嫁姑問題はかわらないようです。

今川義元の姪としてうまれた瀬名姫。
義元の命により松平元康の妻となった。
その後義元は「桶狭間」で討ち死に。
元康は今川の手を離れることになった。

岡崎に移ってきた瀬名には何もかもが田舎くさく見える。
岡崎の家中は今川に敵意を持っていた。
瀬名の知らないところで、今川は岡崎を圧していたのだ。
侍女たちさえも彼女には心を開かなかった。

そこへやってきた家康の母、於大。
於大は今川の命により家康の父、広忠と離縁されていた。
今川への憎しみはかなり深い。
於大は久松俊勝に再嫁していたが、夫が家康の家臣となったので一緒に岡崎に住むようになったのだ。
夫、俊勝は岡崎城の留守居役である。

家康の長男信康のもとに信長の長女徳姫が輿入れしてきた。
信長は今川にとっては仇。

岡崎城は仇同士の3世代が同居する城となったのだ。

こわ!

そのころ家康は浜松城をつくりそちらで暮らすことになった。

確かにね、家康は大した人物ですが、どーも母に弱い。

で、妻のことは愛していたらしい。

でも女同士のゴタゴタがいやで側室のところへ通う。


この話では於大がいろいろと手をまわして瀬名と信康を追い込んでいきます。

いままでからは考えられない於大像です。

でも於大は岡崎家中からは慕われているのです。

複雑です。

わが身だけに火の粉がかからないように振舞う家康ときたら!!!

まったく憎らしいかぎりです。

ほんとにですよ。

諸田玲子氏らしいドラマ!!な終りかたをします。

本多作左衛門がいい味出してます。

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posted by くみ at 17:29| Comment(11) | TrackBack(5) | 読書(諸田玲子) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
くみ さん

こんばんは。

確かにこの辺は、諸説ありますよね。

私は、信長の陰謀説だと思うのですよね。

猜疑心の強い信長が、家康を試したのではというのが、一番納得できました。

真実はわかりませんが・・・
Posted by 「感動創造」 at 2006年08月14日 23:42
感動さま

コメントありがとうございます。
私はずっと築山御前は悪妻だと思ってきたのですが、この本を読んで考えがかわりました。
彼女もまた乱世の犠牲者だと思います。
悪い噂流すなんて簡単なことですから。
信長も無茶言いますよね。
長男を切腹させろだなんて。
で、家康は次は秀吉に次男をとられるし。
まさに忍耐。
しかし狸です。
Posted by くみ at 2006年08月15日 00:27
初めまして、日本ブログ村からお邪魔しました。
実は私もこの本に興味があるのです。
ただいま注文してる最中なのでまだ未読ですが…。
それだけにくみさんのレビュー興味深く読ませて頂きました。
家康は割と好きなのですが、ほんと築山殿のことは腑に落ちないですよね。
私も彼女は犠牲者だったと思います。
Posted by かの at 2006年08月15日 03:30
かのさま

いらっしゃいませ!
コメントどうもありがとうございました。
諸田玲子さんの本が好きでこの本を読みました。
東海古城研究会(わりと静岡では有名)の「家康正室・築山御前考」一・二を参考に書かれたそうです。
新しい解釈ですが、真実は誰にもわかりませんものね。
これからもよろしくお願いします。
Posted by くみ at 2006年08月15日 05:22
くみさんも良いタイミングで築山御前について書いてくれました!
そうですね~。彼女も犠牲者の一人には違いないと思います。
それに悪女と伝われば、後世の人はそう思い込むのが普通ですもんね。
Posted by しずか at 2006年08月16日 00:42
しずかさん

ありがとうございます。
タイミングよかったですね~!
信康が切腹。築山御前は斬られた。
これが史実ですが、信長がどうしてこんな難題をふっかけてきたのかが不明なんですよね。
息子はともかく、正室も、って内政干渉ですね。
家康はそれに耐えたのですが、なんかありそうな気がします。
前に記事にした「聚楽 太閤の錬金窟」では、実際武田に通じていたのは家康本人で、築山殿と仲がよくないことを利用していたことになっています。
己の策を信長に見破られた家康は、信長の言うとおりにするしかなかった、となっています。
それもアリかも、と思いました。
Posted by くみ at 2006年08月16日 20:23
こんばんは、TBさせて頂きましたm(_"_)m
この本がくみさんと出会ったきっかけでしたね!
初めて拝見したときは同じく築山事件について興味をお持ちの方が!と嬉しく思った記憶があります。

読了し、改めてくみさんのレビューを再読。
家康は狸!とのご意見に納得です。
この本の家康は憎らしいくらいに嫁姑問題に知らん顔ですねぇ(苦笑)
しかも築山殿は完全に四面楚歌状態…。
あまりにも切なかったです。
ラストは史実ではないけれど、救われた気がしました。
Posted by かの at 2007年05月05日 01:28
連投すいません!
大切な事を書き忘れてしまいました。
実はくみさんのブログ『ならうよりなれろ!!』さんのリンクを拙宅に張らせて頂きましたm(_"_)m
事後承諾で申し訳ありません。
改めてご許可を頂けたら嬉しいです!
なにか不備、不都合がありましたら遠慮なく申し付けて下さい。
ではよろしくお願いします!
Posted by かの at 2007年05月05日 01:30
かのさん

リンクどうもありがとうございました!!
もう大歓迎です。

あとはわたしのブログをリンクに貼られたことで、かのさんのお上品なブログが影響を受けないか心配です。

ええ、わたしは腐女子で歴史ちょっとだけヲタでガンダムヲタですから。
Posted by くみ at 2007年05月05日 01:54
家康が狸と言われるようになるのは明治期からなんですけどね・・腹黒な行動をするのは大坂の陣だけですし。若い頃はむしろ短気な荒武者。まあ晩年ばかり描かれるので無理ないですけど・・
Posted by ハル at 2010年02月26日 15:08
>ハルさん

はじめまして。
コメントありがとうございます!

>明治期から

なるほど~。

山岡壮八著「徳川家康」では狸の印象はまるでないですもんね。

この作品は、今まで書かれたことのない「築山御前」像で、そのためには、家康には狸になってもらうほうが良かったのかな?と思います。
Posted by くみ at 2010年02月26日 23:54
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