2009年05月19日

“幼年期の終わり(光文社古典新訳文庫)”

SF界の巨匠・アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」(光文社古典新訳文庫)です。

アレです。「00」

「機動戦士ガンダム00」セカンドシーズンの最終回で、木星をバックに、

The Childhood of Humankaind End

なんて出てきたから、読んでみようと思ったのです。

「木星」ときたら、「2001年宇宙の旅」だし。

「00」の「軌道エレベーター」は、クラークの「楽園の泉」の「宇宙エレベーター」を彷彿とさせますしね。

SFといえば、ハヤカワ文庫ですが、わたしは一度「幼年期の終り」(旧訳)を読みかけてリタイアしているのです。
しかも1部の最初のほうで(「楽園の泉」もリタイア・・・)。

で、常々ブラボー!!と思っていた「光文社古典新訳文庫」にちょうどあったので手を出しました。

「光文社古典新訳文庫」は良いです!!

読みやすいです。

で、表紙がまた良いのです。

わたしは何もかも「新訳」がいいとは思ってません。

例えば、「赤毛のアン」はいろいろな方が訳されていますが、村岡花子氏が一番馴染みますしね。

でも、どうしようもなく馴染めないときは、「新訳」に手を出してもいいんではないか、と思います。

で、この「幼年期の終わり」(光文社古典新訳文庫)。

第1部は1989年にクラークが書き直した「新版」です。

初版が発行された1953年当時、冷戦状態にあった米ソ。

初版はその部分がつよく強調されたものだったのですが、「新版」はその部分が直され、また作品自体の年代設定が、1970年ごろから2000年へと移動しております。

この「新版」第1部の邦訳が収録されているのは、この作品だけだそうです↓。

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突如、空に現れた巨大な宇宙船団。

人類は彼らを「オーヴァーロード」(最高君主)と呼んだ。

オーヴァーロードは地球を支配し、人々にこれまでにない秩序と平和をもたらした。

彼らには、人類をある方向へ導くための、真の目的があった。


読み終えてあらためて思ったです。

アーサー・C・クラークって人は、どんだけSF界に大きな影響を及ぼしてんだか!!!

偉大すぎます。

永野護氏の「ファイブスター物語」に登場する、「サタン・ライフ・ウォッチング・オーバーロード」なんて、名前どころか、見た目そのもの、そっくりそのままじゃないですか!?←そこかよっ!!!

「人類の統合体」という考えは、今ではあちらこちらで見かけますしね。

それから思いました。

人類の限界って、せいぜい土星くらいまでだろうな・・・。

「機動戦士ガンダム」のような時代は来るかもしれませんが(ヲイヲイ)、「銀河鉄道999」のような時代は来ない・・・。

この作品で、人類はオーヴァーロードに、「人類が宇宙を制する日はこない」と真実を告げられます。

これによって人類は「宇宙への憧れ」を奪われてしまいます。

自分たちの限界を知ってしまった人類の探究心は、ゆるやかに後退していくことになります。

異星人の手によらなくても、人類の文明の折り返しというのは、現実的に有り得ると思います。

それにしても、SF小説といえど、史上まれなる傑作というものは、「哲学的」な部分を含んでいるものなんですね。

人類を支配し、導くオーヴァーロード。

それは、人類の「重大なる転機」(進化)を見守るためだった。

知的生命体として、最高点に達しているオーヴァーロードは、さらに上位なる意識「オーヴァーマインド」に隷属し、オーヴァーロードという種はこれ以上進化することはない。

そこに、オーヴァーロードの「哀しみ」が描かれています。

なんか、新人社員を教育していたら、その新人に先に昇進されてしまった・・・みたいな??←生々しいし、哲学じゃないし!

例えが悪いですね。

子を持つ親の気持ち・・・??

子の成長を、最後まで見守ることができない親の気持ち??

子どもを持ったことないんでわかりませんが。

オーヴァーロードの一人、ラシャヴェラクは、

自分たちは助産婦だ。
ただし自分たち自信は子を産むことはできない


と作中で語っています。

この作品の主人公は、人類側ではなく、地球総督カレランとオーヴァーロードの皆さん、なのです。

相手は、何せ異星人なので、いまいち気持ちは掴みづらいのですが、同じ人間同士だって、所詮気持ちが通じているかなんてわからないので、同じようなものです。

オーヴァーロードの皆さんの容姿が、もともと人類の恐怖と悪のシンボルであった、という設定にはうならずにはいられませんでした。

しかし、この設定・・・仏教徒には・・・どうなんだろう??

オーヴァーロードの出現により、「宗教」は「純粋な形の仏教」以外は消滅した、というのは納得できます。

深いな、仏教!!

人類はオーヴァーロードの支配を受け入れることになります。

もちろん反発者もいましたが。

「全人類の支配」というと、これまた、あちらこちらで見かけるネタなんですが、わたし、いつも思うんです。

例えば、「地球へ・・・」の、「SD体制」

例えば、「機動戦士ガンダムSEEDディステニー」の「ディステニープラン」←提唱者がアレなんで、わたしは嫌ですが。

「結構快適かもしれない」と。

「自分は受け入れるだろう」とか。

第3部で、いよいよ人類の進化がはじまります。

この部分、圧倒されました。

グロテスク極まりないんですが。

こういうことを一人の人間が思いつくって、一体!!!

「人類補完計画」がショボいものに思えてきます。

これ以上書くと、わたしのショボさもますます露呈してしまうので、この辺で。

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SFが俺ブームになりそうです。

叙情的なものより、こっち↑系が好き。

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posted by くみ at 23:00| 静岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書(文芸・評論) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
永野センセ・・・パ○リっすか!?w

ガンダムの世界、スペースコロニーくらいなら
実用化は可能な気もします。
で、スペースノイドと重力に魂を引かれてる人々、
の間に諍いが起こる可能性もあるだろうな、と。

マクロスの世界は・・・
巨人の船が落ちてこないと始まらないんですよね^^;;
Posted by 豆州 at 2009年05月21日 20:49
>豆州さん

>パ○リ

いやいやいや、パ○リというよりかですね、オーヴァーロードは「悪魔」そのまんまの容姿なんで、世界共通認識なんでしょう。
もともと「FSS」は過去の偉大なるSF世界のオマージュがちりばめられている作品ですから、パ○リというより、「影響」だと思います。

>ガンダム

ガンダムって世界は限りなくリアルですよね。
ガンダムの機体は、ミノフスキー粒子が発見されないとどうにもなりませんが。
軌道エレベーターなんか、ありえますよね。

>マクロス

無理。
Posted by くみ at 2009年05月22日 07:45
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