2009年02月12日

“戦国繚乱”

高橋直樹氏の「戦国繚乱」です。

『上杉景勝について書いてある本でオススメ』な本だそうなので、読んでみました。

『繚乱』とは、『いろいろな花が一面に咲いているの形容』の意。

しかし、この作品は戦国時代の、華やかで、勢いのある部分を描いたものではありません。

『繚乱』の『繚』とは『まつわる』という意。
『まつわる』とは、『からみついて離れないこと』の意。

からみついて離れない、乱れ。

と考えると納得できる、戦国時代の『暗部』を描いた作品です。

最近、自分は「戦国時代」の、暗くて、本当に恐ろしい部分からは目をそむけていたんじゃないのかな?と思うときがあります。

わたしは「戦国時代」の「毎日、歴史が動いた!」というところがわくわくするような感じで好きだったのです。

でもそれは、「戦国時代」の『光』の部分なのだわ、と思います。



さて「戦国繚乱」

戦国時代の暗部に足を踏み入れた、短編集です。

「城井一族の殉節」

豊前国に四百年続く名門、城井流宇都宮家。
平和に国を治めてき、一族に、豊臣秀吉の軍師、黒田官兵衛の陰謀が忍び寄る。

「大友二回崩れ」

豊後、大友氏の当主・大友義鑑と嫡子・五郎義鎮(後の大友宗麟)の激しい確執。
それが生み出す激しいお家騒動。

「不識庵謙信の影」

生涯子を生さなかった謙信の逝去後、三郎景虎と喜平次景勝の間に起こった壮絶な跡目争い。
その争いのなか景勝は何を思うか。

「城井一族の殉節」では、わずかにしか登場しない黒田官兵衛の不気味さが見事です。
黒田官兵衛が九州に足を踏み入れた時点で、城井一族の滅亡は決定事項だった。

黒田官兵衛さんは、荒木村重が謀反したときの有岡城に幽閉された話の印象が強くて、腹黒い人だとはわかっていても、いまいちピン!と来なかったのですが、さすが秀吉の家来、やることバッチシやってますね。

「不識庵謙信の影」は「御館の乱」の勝者である、喜平次景勝側から描かれています。
明らかに、自分が三郎景虎よりも劣った器量であることを認めている喜平次景勝。
しかし、戦いに勝たなければ自分が死ぬ。
戦いの中で、景勝は次第に薄暗い独特の気配を見につけていく。

樋口与六が、N○Kの大河とは大違いなところが特長。
不遜な態度で景勝の背中を押し続けます。
直江兼続はこのぐらい「頭が冴えて、腹黒い」のが本当だったと思う。

優柔不断で不器用だった景勝が、どんどんと容赦なくなっていくところが、息苦しいです。

謙信は何を思って後継者を決めなかったのでしょうか?

わたしは謙信は跡継ぎは「景勝」だと心の中では決めていたと思うし、上杉家は景勝が継いで正解だったと思うのですが・・・。


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ラベル: 戦国時代
posted by くみ at 19:35| 静岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書(文芸・評論) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
官兵衛は、
甘いも辛いも知り尽くした、
政治も軍事もイける最高級の参謀ですよね~。
この官兵衛にかかれば、地方の一大名など・・・ww

与六は、
「直江状」を送っておきながら、
上杉家を存続させたような武将ですから、
腹に一物は持ってますよね。

謙信は、「関東管領」は景虎に、
「上杉家の家督」は景勝に、
譲ろうとしていた、と言われたりしておりますが・・・
僕も家督は景勝に継がせる予定だったと思います。
Posted by 豆州 at 2009年02月13日 22:18
>豆州さん

>官兵衛

戦国時代は「名門」などと誇りを持っていると帰って厄介だったのかもしれませんなぁ。
官兵衛さんの御先祖は「目薬売り」って書かれてました。
っていうか、参謀はこのくらい「黒く」なくっちゃ!!

で、N○Kの与六ですが、いつ一皮向けて「黒く」なってくれるのでしょうか??
永遠にそんな日はこないような・・・。

>家督

これは、景勝ですよね!!

でもなんでそれを謙信は公表しなかったんでしょうね。

謙信、意外と優柔不断だったのかも。
Posted by くみ at 2009年02月14日 19:27
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