2008年10月17日

“江戸の少年”

氏家幹人著「江戸の少年」です。

この本、江戸時代の「江戸」の風俗を知りたくて借りたのです。

何やらタイトルが意味深なカンジがして手を出したのも確か。

正確には「江戸時代の少年」でした。

江戸の少年 (平凡社ライブラリー)
氏家 幹人
平凡社
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成人前の少年少女が、社会への不安、不満、危機感などを感じ取るのに敏感なのはどの時代も同じだなぁと思います。

制度からつねに逸脱しようと狙うのは少年少女。

また社会の波をもろにくらうのも少年少女。

この本で紹介されている少年少女たちは、生々しく野生的でしたたかです。

まずいきなり、一番最初に紹介されているのが「星になった少女」

少女が出産した。

とはじまります。

なんと少女は数え年8歳!!

文化九年(1812年)のことです。

ちょっと待てや。いくらなんでも8歳はありえんだろう!!

と突っ込みいれたくなるのですが、まぁ、真実だかどうだか知らないが、当時の茨城県あたりでそんな話があったのは事実。
戸籍上は事実なのです。

江戸時代だからスキャンダラスなのか、江戸時代でもスキャンダラスなのか??
うーん・・・どっちだ??

この本では、父親が誰だ?とかそんな勘ぐりはせず、その事実(事件)に対し、その土地の領主がどのような態度をとったか?ということが淡々と述べられております。

社会的平穏を乱す出来事に対し、権力がどのような手段を使ったか、ということです。

とりあえず、わずか8歳で世間の注目の「星」となった少女の後半生はごくごく普通のものだったらしいです。

「子供戦争」では子供同士の「戦争ごっこ」の、凄まじさを書いてあります。

ま、子供同士の「戦争ごっこ」って多少は想像できるのですが、この時代は本格的すぎます。

徒党を組んで、「源義経」だの「楠正成」だのと名乗り血判書まで用意して剣術や相撲の鍛錬に励む。

そこまではいい。

しかし、事は発展し、子供たちはついには軍資金や兵糧を集めるため、と米を運ぶ馬士を鉄砲で撃ち殺し、米と馬を奪ったあげく、大篝をあげて気勢をあげた、といいます。

当然、藩の役人の尋問を受けることになるのですが、子供たちは

「戦の準備をしていただけじゃーん」

みたいなことを答えたという・・・。

うん。今も昔も変わって子供は変わっていないような気がしてきました。

子供たちの鬱憤が爆発するとき。

それは今も昔も子供が社会への不安や不満を強く感じているときなのですな・・・。

「義兄弟の系譜」では会津藩の藩士子弟による不祥事が紹介されています。

藩の若者たちが、幼若な少年に強引に「男色を申し懸け」る事件が多発したというのです。

おかげで藩の少年たちは外出もままならない。

謡の稽古の帰りに、無理矢理、数人の若者に襲われてしまった少年は、その一同に家(もちろん藩士の家)にまで押しかけられます。

腐女子といえど、ここまで堂々とされると退きます。

こっちの町の某少年がやられちゃったから、あっちの町の誰かを襲っちゃおうぜ、で、実行、みたいなことが散々繰り返されたらしいのです。

堂々としすぎです。

会津藩だけではなく、全国で大正中期までこんなことがしょっちゅう起こっていたらしいです。

「X中学の何某はY中学の奴等に奪われた。その代わり、Z小学の何某はこっちがもらった」

みたいな会話が繰り広げられていたらしいじゃないですかっ!!

男性方は女性に対し、なんか隠しているんじゃないのぉ??

内容はともかく、少年たちから江戸時代が見えてきます。

暴力的なほどに、生気に満ち溢れた時代。

江戸時代ってもっとのんびりした時代だと思っていましたが、認識が変わりましたな。

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ラベル: 歴史
posted by くみ at 22:58| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(日本史・世界史・古典など) | 更新情報をチェックする
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