2009年07月19日

“夕凪の街 桜の国”

こうの史代「夕凪の街 桜の国」です。

第8回文化庁メディア芸術大賞、第9回手塚治虫新生賞、受賞作。

すでに多くの国で出版されています。

自分の思いを、表現できる人を、わたしは尊敬する。

わたしは、そこんところが、微妙に下手だ。

例えば、本を読んだりして、湧き上がった感情を、わたしは上手く言葉にすることができない。

「感動した」とか「面白い」とか、ありきたりな言葉しか思いつかない。

対人関係においても、それは同じで、自分の気持ちを相手に伝えることが下手だ。

幼い頃は、自分の言葉が出てこずに、その悔しさによく泣き出してしまったものだ。

幼少時から、それがわたしのコンプレックスで、それは解消されないまま、わたしは大人になった。

いま、こうやってブログを綴っているのだけれど、いまだ、表現が上手くなったとはちっとも思えん。

何を言いたいのか?というと、

わたしはこの「夕凪の街 桜の国」のことを、ちっとも上手く表現できません。

ということなのだ。

悔しい。

広島のある日本のあるこの世界を

愛するすべての人へ


夕凪の街桜の国
夕凪の街桜の国
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こうの 史代
双葉社
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昭和三十年、広島。

あの日から十年。

ひとりの女性の心が揺らいでいた。

生き残ってしまった自分に、幸せに生きていくことは許されないと、あの日の出来事が蘇る。


わかっているのは「死ねばいい」と誰かに思われたこと。

思われたのに生き延びているということ。


そして、残酷な現実が、彼女をおそう。

戦争、平和を考えるとき、わたしはなんだか後ろめたい気持ちになっていました。

わたしなんかが考えちゃっていいものなんですか??

というような。

世界中で起こっている悲しい時事を、このブログで取り扱わないのは、所詮対岸の火事でしかない、と思ってしまっているのではないか、また、思われるのではないか、という恐れからかもしれません。

某国の弾圧が種となっている悲しい出来事を、お茶の間で観ている自分。

そんなわたしが語れることではないだろう、と思ってしまうのです。

広島と長崎にしても、それは同じで、自分の国のことなのに、自分が理解できることではない、と最初から思っていました。

わたしは「はだしのゲン」を読めなかったし。

まるまる全部理解するってことは不可能なんです。

すべてが理解できないことに、罪悪感を感じていたら、いつまでも何も進まないんですね。

少しずついいんだと。

そのことに、この作品は気がつかせてくれました。

それにしても、このほんわりした表紙からは、こんなに多くの感情が詰まっているとは思いませんでした。

恐ろしい、怖い、悲しい、痛い、悔しい、醜い、

強い、優しい、暖かい、美しい・・・・・。


あの日、憎悪の塊は、「日本」に落とされた。

「死ねばいい」と思われた。

ああ、そうだ、と思いました。

人々の営みはときにとても醜い。

生きていることは、それだけで素晴らしいとか、そうは思えないこともある。

この世界はとても不公平に出来ている。

すべての人間が公平なんてことはない。

それでも、

このふたりを選んで、生まれてこようと決めたのだ


彼女の言葉には素直に感動する。

作者、こうの史代さんに敬意を。

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ラベル:コミック
posted by くみ at 00:07| 静岡 ☔| Comment(4) | TrackBack(1) | コミック・アニメムック | 更新情報をチェックする
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